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第175話
せっかくあからさまに誘惑しているのに顔を逸らしたままだと寂しくて、こっちを見てと言うと、アゼルは変な声を出してよぼよぼと俺を見つめてくれた。
首まで全部赤くなって悔しそうに眉を寄せる顔。
見れば見るほどこんなにかわいらしいのに、なにを変える必要があるんだ。
好きだな、大好きだ。そう思ってふふふと笑ってしまう。
だけど慣れない状況になると途端に戸惑うアゼルには、もうひと押し足りないらしい。
「まったくもう、アゼルはどうしてそんなに鈍感なんだ。嫌じゃないならあんまり我慢しないでほしいな」
「どんか、っ……お前にだけは言われたくねぇ」
「俺より鈍い。この照れ屋さんめ、お馬鹿、ツンデレ、一直線、無駄セレブ、方向性迷子ちゃん。もう……好きだ」
「! うう、う、ぐぐ……っ」
嫌がってもないし多少その気になっている様子なのに我慢するアゼルへ、渾身の罵倒をお見舞いすると、余計に眉間にシワを寄せて苦悶し始めてしまった。
また謎の思考回路で意地を張っているんだろう。そんな性質は見通しなので、こちらは必殺ワードを用意している。
ちょっと恥ずかしいが……あの頃と違い俺は全部わかっていて、そうされたくて言うんだから、恥ずかしがることはないかな。
「アゼル、俺はお前にこう伝える意味を教えてもらった。だからそういう意味で取ってほしいんだが……」
「んぐ、あ、ぇ……?」
じーっと見つめ合いつつ項を指で弄び、少しいたずらっけのある顔で切り出した。こう見えて冗談が好きな質だ。
これは冗談じゃない。律儀に震えながらも今度は目を逸らさずに俺を見つめたままのアゼルに、ハッキリと言い切る。
「俺を吸い殺してほしい」
「ッ」
「うっ」
俺が件のセリフを言い終えるやいなや、アゼルの首に巻き付けていた腕が剥がされ、息つく間もなく頭の上でシーツにやすやす縫い止められた。
両腕の手首を大きな手のひらでひとつにまとめられ、片手であっさり押さえ込まれる。
見上げたアゼルの目には、普段は隠している凶暴な欲情の色を感じた。
そうなる理由は、よくわかっている。
『クドラキオンに血を吸ってくれって頼むのは、〝私を抱いて〟って言うようなもんなワケだな』
ガドが教えてくれたこれは、以前うっかり口にしてハレンチ呼ばわりされた魔族流夜の口説き文句。
あの時は俺が知らずに言ったとわかっていたので、アゼルはなかったことにしてくれた。
けれど今回は、意味を分かっている と前置きをしている。
つまりそういうこと。
当時は金輪際言うまいと誓ったのだが……口説く必要がある相手になったんだから、仕方がない。過去の俺に言えば悶絶するだろう。
その甲斐あって効果はてきめんだ。
空いた片方の手で俺の首筋をなでるアゼルは、キッ! と八つ当たり気味に俺を強く睨みつけた。
「っの、アホ、俺の種族の……野生の魔物が、番に使う口説き文句だぞ。意味本当にわかってんのか? 初めて言った時とは状況も俺の感情も違うぜ。せっかく紳士に努めてんのに人の気も知らねぇで……馬鹿、クソ、スケベ野郎っ!」
「ん? 魔物? ……あぁ、そういえば魔境に魔物のクドラキオンと住んでいたんだったな。魔族は魔物のカタコトな鳴き声が聞こえるのか」
「そうだっ。んでそいつらが吸ってもいいとかじゃなくて吸い殺してくれって相手に鳴く時は……そ、それは……っ」
アゼルは矢継ぎ早に語っていた語気を言い淀ませ、口元を手で覆う。
おっと。まだ特別な意味があったなんて知らなかった。妙な意味だったのか? と少し焦る俺を、アゼルの瞳がじっと射抜く。
「し、死ぬまで自分だけの血を吸っていて欲しいっつ──……プロポーズだよっ! この破廉恥野郎がっ!」
「!? ぷ、プロポーズなのか……! ……いや、それでも構わないぞ。結婚しよう。必ず幸せにしてみせる」
「ふぐっ、ひゃ、ひゃいっ!」
噛んだ。
俺の上でビクンッと跳ねたアゼルはそれでも必死に返事を返したが、盛大に返事を噛んでいる。
ひゃいは、はい、だ。ええと……イエス、でいいんだろうな? ということはつまり、こちらの必死に首を上下に振っている魔王様が俺の婚約者だということだ。
異論はもちろん、あるわけない。
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