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第73話
俺の知る視察なら部下が小隊分くらいついて、護衛もしながらぞろぞろとやってくるのだと思う。
ふーむ。誘わなくてもいっぱいメンバーがいそうだぞ?
「視察とお出かけ……お誘い……なるほど」
その様子をじっと見ていたライゼンさんがなにやら呟き、急ににこやかな表情でぽん! と拍子を打った。
「シャルさん、日用品は不足していませんか? 服や嗜好品など、そろそろ新しいものが欲しくはないですか?」
「うん? んん……そうだな……魔界は一年を通して暖かいらしいが部屋着は欲しいな。毎日夜に洗濯してくれるとはいえ、俺はずっとこの服だけだから」
「よし、ライゼン! 城下の仕立て屋を呼べ。城のインプにはありとあらゆる布地を仕立ててここへ運ばせろ」
「ちがぁぁぁぁあうッ!!」
王様らしく足を組んで素早く命じるアゼルに、ライゼンさんはパチパチと火の粉を散らしながらノーと叫ぶ。俺も違うと思う。
そんなセレブの所業は許されないぞ。
捕虜で家畜でお菓子屋さんな俺に無駄遣いする余裕はない。
「そうだぞアゼル。俺の服は頑丈な素材だからまだまだ使えるし、まだしばらくはいらない。無駄遣いはいけない」
「それも違ぁぁぁぁあうッ!! そもそも換えの服を持っていないでずっと生活していたなんて可哀想です! あとで私のを差し上げます!」
「! おま、そ、城下で噂の彼シャ……ッ!? だッだめだお前のは翼用に背中空いてるだろ! 俺のにしろ! 俺の一番いい服をやるありがたく受け取れ!」
「そうではありません魔王様ッ!」
ワーワーギャーギャーと騒ぐ二人。
んん? 話の全貌が見えない。要するにどういうことだろう。
ライゼンさんは俺の服が魔王城に相応しくないと遠回しに教えてくれたのだろうか。だとしたら頂くしかないかもしれない。俺の手持ちの話なら、遠慮しよう。
しばらく服はなくても困らないが……これが破れたら、流石に欲しいかな。
「~~我が王っ! 彼シャツはお好きになさって頂いて構いませんので、私の話をお聞きください!」
「お好きにできねぇんだよマヌケ。今だけなんだよ合法的に渡せるのが」
「くっ……いいですか? ではもっと素敵な案を提案いたします!」
長引く論戦についにガタン! と立ち上がったライゼンさんは、腕を組んでそう言い放つ。駄々を捏ねていたアゼルも、聞いてやろうとばかりに構えた。
「魔王様、シャルさんとお買い物に行ってきてください。海岸線の街、スウェンマリナまで!」
「なっはっ!? そ、それは……まさか……で、で、デートかぁッ!?」
「はい、視察 です」
──というわけで。
突然だがまんまとダシにされた俺は、アゼルと二人っきりの視察に行くことになったのであった。
ん? デート?
あれはあの二人の冗談だ。アゼルもまさか本気にしないと思うぞ。ははは。
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