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第5話
改めて生徒会室のソファーに全員が座ると副会長さんが話を始めた。
「本当は僕達が出しゃばる事じゃないけど、今回の事があった以上相澤君の立場を明確にしておきたいんだ」
僕の…立場…?
「今回、多岐川を生徒会に無理矢理入れる事になったのは俺とコイツの事情なんだ。そのせいで太一君が多岐川のファンに襲われる事態になって本当にすまない」
また会長さんと副会長さんが頭を下げてくれる。
「…そんな、会長さん達のせいじゃありません。もともと平凡な僕が暁人の傍にいるのを嫌がる人は多かったから、今回の事はそのせいです」
「それがおかしいんだよ!暁人君と相澤君が一緒にいる事を周りがとやかく言う資格なんて誰にもないのに…」
僕の言葉に上良くんが怒りだす。
「…ありがとう上良くん。でもやっぱり憧れの人の傍には、釣り合う相手といて欲しいって思うのが人の心理だし…」
「…そんなの…、君がそんな子だから心配になっちゃうんじゃないか」
「上良くんは優しいんだね」
「…違うよ」
そう言ってそっぽを向いた上良くんがどこか寂しそうに見えたのは気のせいだったのかな…。
「多岐川と上良には来学期から生徒会長と副会長をやって貰う事になる」
上良くんに気を取られていた僕に会長さんがまたもや驚く事を言ってきた。
「実は僕と会長はイギリスに留学するんだ」
え、副会長さんも…?
「本当は任期を終えてから行く予定だったんだが、事情が変わってな」
「…事情?」
「俺はコイツを連れて逃げるのさ」
「「えええーーっ!!」」
ええっ!?逃げるってどういうこと…!?って言うか、なんで暁人も驚いてるの!?
「俺は留学の事すら聞いてませんよ!そのうえ俺が生徒会長!?」
…どんだけ蚊帳の外だったの、暁人。
「俺達はまだ一年ですよ?他の生徒会の先輩達もいるのに、なんで俺と上良が会長と副会長なんですっ」
「その生徒会メンバーがお前達を推してるんだよ。俺達もお前らなら安心だ」
「だから、補佐として入った僕等にあんなに仕事を任せていたんですね…」
道理でおかしいと思った…、と溜息を吐きながら上良くんが言う。
会長さんは卒業したら親御さんが決めた許婚と正式に婚約する事になっているそうだ。でも、会長さんも許婚の人もそれぞれに好きな人がいて婚約破棄したいけれど、婚約は家同士の利害が絡んでいる事だからそれが難しい。
だからイギリスに渡りそのまま永住するつもりだそうだ。そして会長さんが家も日本も捨てて手を取ったのは副会長さん。留学を終えたら在学中に起業した会社を二人でやっていくんだって。
実は会長さんと副会長さんも幼なじみ同士で子供の頃からこの事を計画していたと言うから驚きだ。留学を早めたのは婚約が早まったから。
「俺はコイツ以外は何もいらない。俺達の…いや、俺の我が儘で迷惑を掛けてすまないと思っている」
「僕の我が儘でもあるから貴方だけが謝らないで…、ごめんね。僕も彼と歩む人生以外は選べないんだ」
そう言って寄り添いあう二人はとても幸せそうでなんだか僕は羨ましくなった
。僕等の年で全てを捨てて行く覚悟を持てるのは、きっとお互いの存在があるからなのだろう…。
「本題に入ろう。多岐川が会長になる事によって今回のような事件はまた起きると思う。そこで、だ」
話を戻した会長さんの言葉に副会長さんが意外過ぎる提案を続いてきた。
「相澤君。会長補佐として生徒会に入らない?」
えええっ!?
「そっ、そんなの無理ですっ」
「大丈夫だ。会長補佐は生徒会じゃなくて会長を補佐するのが仕事だから会議とかの表舞台には出なくていい」
「君を会長補佐にするのは生徒会に籍を置くことで周りを牽制する目的があるからね」
「でもそんな理由で仕事が出来ない人間が生徒会に入るなんて駄目ですっ」
「大丈夫。君にしか出来ない仕事があるから」
固辞する僕に上良くんが言う。
「…僕にしか出来ない事…?」
「そう。暁人君のお守りって言う大事な仕事。これは副会長に就く僕にとっては凄く重要な事なんだ」
お、お守りって…。
「大方、相澤君の前では格好付けてるんだろうけど暁人君は僕達の前ではさっきみたいなヘタレ仕様なんだよ。僕達には俺の嫁だとか言って自慢垂れ流しなクセに肝心の本人には告白も出来ないでいるチキンが会長だなんて…。僕の負担が大きくなるのは目に見えてるもの」
大きな溜息を吐きながら言った上良くんが真っ直ぐ僕を見てこう続けた。
「だから相澤君が必要なんだよ」
僕が…必要…?
「太一君がいれば多岐川も頑張って仕事するだろうしな。どうだ、名案だろう?」
「仕事の間中、部屋に帰りたいとパソコンの壁紙の相澤君に愚痴る多岐川君は本気で鬱陶しいからね」
僕は暁人の隣にいてもいいの…?
「返事は二人でよく話合ってからでいい。出来れば好い返事を期待している」
「ゆっくりとお互いの気持ちを聞いてみるといいよ」
「相澤君と暁人君が今回みたいなすれ違いにならない為にもね」
上良くんと会長さん達はそう言ってくれた。
久し振りに二人で並んで歩く帰り道。ポツポツと話をしながら帰る。
「会長さんも副会長さんも上良くんもみんないい人だね」
さっきの事を思い出しながら言う。
「俺には容赦ないけどな」
口を尖らせてながら答える暁人に笑みがこぼれる。
「ねえ暁人。副会長さんが言っていた暁人の弱味って何の事?」
僕はさっき聞けなかった事を暁人に聞いてみた。
「…俺、生徒会の人達の前で太一の事を恋人みたいに話してたんだ…。けど、会長達が部屋に来たとき太一がただの幼なじみって言うのを聞いて俺が告白出来ずにいるのがバレてさ…。そこを会長達に付け込まれて俺が太一に片思いしてるのをバラされたくなかったら生徒会に入れって脅されたってワケ」
あ…、会長さん達を送っていった時、帰って来てから生徒会に入るって言ったのはだからだったんだ…。
「俺も太一が俺の事をただの幼なじみって言うのを聞いて正直ショックで自信がなくなってさ。なし崩しに仕事を押し付けられてるうちに太一は何処かよそよそしくなっちまったから、俺の気持ちに気付いて避けられてるのかもって思ったら怖くなって…」
…そうだったんだ…。僕が不安になってたように暁人も不安を抱えてたんだ…。
「弁当の事とかも理由を聞けなくなってさ。でもそのせいで太一が殴られる羽目になったんだから上良の言う通り俺はヘタレだよ」
話すうちに暁人は段々と項垂れていった。
「…ガッカリしただろ?太一の前では格好いい男でいたくて頑張っていたけど、本当は太一が思っているような俺じゃなくてさ」
思いがけない暁人の言葉に僕の口をついて出たのは自分でも驚くものだった。
「ーーっ、どんな暁人でも暁人は暁人だよっ!僕はどんな暁人だって大好きなんだからねっ!!たっ、例え暁人が言ってた妄想を僕にしたって平気なくらい、僕はちゃんと暁人が好きだ…よ…」
……って、僕なに言ってるのーっ!?
「ほ…、本当かっ!?太一!」
真っ赤になっているだろう僕を暁人が思い切り抱きしめてきた。
「やったーっ!!俺たち両想いなんだよな!」
…は、恥ずかしくて何も言えないでいる僕を暁人はいきなり抱き上げた。…こ、これってお姫様抱っこってヤツじゃ…。
「…あ、暁人!恥ずかしいから降ろしてっ」
「駄目っ!このまま部屋まで帰る」
「誰かに見られちゃったらどうするのっ」
「もちろんノロケる!!」
きゃーーっ!誰か暁人を止めてーっ!
暴れる僕をものともせずに暁人はお姫様抱っこで部屋まで連れ帰った。そしてリビングのソファーに座ったままずっと僕を抱きしめている。
「ねぇ暁人。ご飯作りたいからそろそろ離して…」
「駄目」
「お腹空いたでしょ?明日も学校だしお風呂も入んなきゃ」
「太一が一緒に入ってくれるなら離してあげる」
「……な、なに言ってるの~~!」
「…もう少しだけこうさせていて?…ずうっと太一をこんな風に抱きしめたかったんだ…」
「…暁人」
「ずっと好きだったんた。子供の時から太一が特別だった」
「…あき…」
「…いつも、いつでも二人でいたよな」
…うん…。
「楽しい時も悲しい時もいつも一緒だったから、仕事で親達が居なくても俺は太一がいれば寂しくなんて全然なかった」
…僕もだよ…暁人…。
「不器用なお前が俺や親の為に、指を傷だらけにしながら一生懸命料理を覚えてくれてさ。俺は今でも絆創膏だらけの手が出してくれた生煮えの肉じゃがが、この世で一番旨い物だって思っているよ」
…あんな酷い味だったのに……。暁人はそんな大事な思い出にしてくれていたの…?
「…だから、俺に太一の飯を一生食わせてくれないか?」
「…暁人…、それじゃまるでプロポーズみたい…だよ?」
「…みたい、じゃなくてプロポーズだから」
「…本当に…?」
「返事を聞かせて?太一」
「…僕、僕も暁人の為にずっとご飯作りたいっ…!暁人が上良くんと付き合ってるって聞いて悲しかった…」
暁人と上良くんの噂を聞いて暁人との時間がなくなる事が寂しいんだと思っていたけど、あれは本当は暁人が僕じゃない人を選んだ哀しさだったんだ。
「…今まで僕が暁人にしてきた事をこれからは上良くんがするんだって思ったら凄くつらかった…」
誰かの為に何かをするのは嬉しくて楽しい事だけど暁人の為にする事は全てが僕の幸せなんだ…。暁人に繋がる全ての事は全部が僕の喜びで幸せ。
そこにあるのが当たり前だったから失くしそうになって初めて気付けた。暁人がいる、その事がどれだけかけがえのないものなのかを。
「…太一。キスしても…、いいか…?」
「…うっ、うん…」
あらためて聞かれると恥ずかしい。きっと今僕の顔は真っ赤だろう…。そっと暁人の顔を見上げると暁人の顔もやっぱり真っ赤だった。
抱き合うお互いの身体からどちらのものか分からない大きな心臓の音が聞こえる。僕と暁人、きっと二人同じようにドキドキしている。ぎこちなく唇を寄せて重ね合う。その重ねられた唇が少しずつ熱を帯びていく。
暁人の熱が僕に伝わる。暁人の想いが唇から心臓に伝わってくる。暖かい気持ちが僕を優しく包んでいく。ずっと傍にあった温もりが形を変えても、どうかずっとずっと傍にあり続けていますようにと…。
暁人の優しい温もりに包まれながら願ったーーー。
「じゃあ、たいっちゃんまた明日ね」
「うん。部活頑張ってね純くん」
いつものように純くんを見送って僕は暁人のお迎えを待つ。前のように一緒に帰る為じゃなく生徒会室に行く為に。暁人は会長に、上良くんは副会長に就任する事が決定した。
そして僕も会長補佐になる事を承諾した。僕が生徒会のメンバーになった事を良く思わない人はいるけれど、誰かが僕を必要としてくれる場所があるのだから自分なりにやれる事をやると決めた。雑用くらいしか出来なくてもそれが暁人や誰かの役に立つのならそれでいい。
会長補佐の話をしたとき純くんは心配したけど、そうきっぱりと言った僕に応援するよと言ってくれた。
僕達にどんな未来が待っているかはわからない。でも暁人と共に歩むと決めたから。暁人との将来にこの経験を活かせるように頑張りたいって思う。
会長さん達のように互いの手を取り続ける事を迷いのない瞳で語れるように。
「お待たせ、太一。行こうか」
「うん」
こうして、ずっと二人で並んで歩いていけるようにーー。
これまでも、そしてこれからもずうっと……。
End
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