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6.殺戮者~slaughter~
絶大な力を持つハンターの前に、数だけの亡者は意味をなさない。
悪魔を従えたリースが城門をくぐった時、入口に立っていた死神達はこうべを垂れて跪いた。
蒼いロウソクの光に照らされた廊下を進んだリースは嘲りの声を上げた。
「所詮はケダモノだな。オメガの誘惑に抗えぬ領主が世に君臨できるわけがなかろう!」
情欲に溺れたヴァンパイアがオメガから手を離した。
ケダモノの体に白蛇が巻き付く。
黄色い笑い声を上げながら白蛇の悪魔は両手を皮膚の中へ突き込んだ。
「ふたつの心臓を潰し、首を刎ね、炎で焼いて灰にする。聖水の瓶に灰を収めて協会へ持ち帰れば俺の仕事は終わりだ。若いヴァンパイアは楽でいい」
リースの紅色の髪が燃え盛る。背の翼から放たれた羽根が刃となってグリズリーを引き裂き、白蛇の悪魔が喜びの声を上げながらヴァンパイアの首を胴から切り離した。彼女達は勝利の叫びを上げながらハンターが放つ炎の中へ首を放った。
「ウギャァァ!」
断末魔の叫びが轟いた。
天を割くような雷鳴と化したそれが消えた時、陽の光が雲の向こうに現れた。白蛇の悪魔達が姿を消した。残ったのは蒼い灰と、情欲にまみれたオメガ、そして背に翼を負うハンターだ。
「止めてぇ!」
少年の声が部屋に響き渡った。
弾丸のように飛び込んできた黒狼が石造りの祭壇に降り立つ。快楽の余韻で喘ぐオメガの前で両手を広げた回収屋がハンターと対峙した。
「どけ」
冷たいハンターの声が続いた。
「できることなら、オメガも腹の子も殺したくはなかった」
過去形で淡々と話すリースに向かってハーブは一歩前に出た。
「退け! 殺戮者~slaughter~よ! このオメガは『墜ちたモノ』じゃない!」
殺戮者~slaughter~
それは「いかなるモノ」でも消し去る者の名だ。
「スターリィは『的』じゃない」
ハーブの言葉にリースが動きを止めた。ゆっくりと剣を下におろす。
「僕は薬師で回収屋だ。バースが近いオメガを守る方法を知らないとでも?」
黒狼がフンッと鼻を鳴らした。
ハーブが湖畔でスターリィに「身を守るための水」を飲ませてあったのを狼は知っていた。
「あ、あの。本当はベータに生まれ変わる薬を飲ませたつもりだったけど」
ボソッと呟いたハーブに、狼が牙を鳴らして答えた。
(また材料が足りなかったか。まぁ、ただの避妊薬でも役に立った)
頭に響いたアルの言葉にハーブは唇を尖らせた。
「だから材料を探す旅をしているんだよ!」
狼と言い争うハーブに一瞥をくれた後、リースは身を翻した。背に翼はなかった。
「ちょ、ちょっと待って!」
ハーブは慌てた様子でリースを呼び止めた。快楽の余韻に苦しむスターリィを指さして言った。
「彼を『楽園』に連れて行くのを手伝って!」
リースは振り返らなかった。オメガを守るのは回収屋の仕事だ。
「オメガ殺しの罪状を免れたでしょう!」
言い終えたハーブがゴクリと唾液を飲んだ。
ゆっくりと戻ったリースは艶めかしい姿のオメガを抱き上げた。
「スターリィとアルと僕を『楽園』まで送り届けること。それからオメガのケアも忘れないで」
黒狼の背に乗ったハーブが先に城を出た。
リースは無言でその後を追った。
氷が溶け始めている。間もなく一帯は本来の姿を取り戻すだろう。
(キズモノのうなじを噛むか?)
リースの頭に狼の声が響く。
「……」
リースは無言のまま先を進む狼の後ろ姿を見た。
視線はそのまま、腕の中で身をよじるオメガの首筋に移る。
(奇神のお前なら、その牙で虜にできるだろう? 闇の帝王がヒューマンを虜にし、新鮮なエサとしてはべらせるように)
頭の中に響く声は続く。
(キズモノは死ぬまで誰からも愛を注がれない。帝王の血が流れるお前がうなじを噛んでやれば「カリソメの愛(ツガイ)」に……)
「黙れ、ケダモノ。大事なツガイ(ハーブ)を死ぬまで愛に飢えさせたいのか」
牙を剥いたリースは陽の下に踏み出した。
(優位に立つアルファでも、キズモノは救えない)
黒狼の呟きがリースの脳裏でこだまする。ヒューマンの頂点に立つアルファにも不可能なことはあるのだ。
「……全てを悟っているように喋るな。これだからアルファは嫌いだ」
呟いたリースは腕の中のオメガを見下ろし、溜め息を吐いた。
皆が探し求める愛は混沌と酷く似ていると思えてならなかった。
~オメガバース・カオス~完~
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