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39話/たいが
ムク犬の服から、どこかで聞いた事のあるメロディが聞こえて来た。どうやら姉からの電話らしく、着うたは姉の趣味だとわたわたしながら言うのが、可愛いくって可笑しい。家族からも犬認識なんだな。
「もしもしにこちゃん?」
『あ〜やっと出た〜むーくん〜』
おっとりした若い女の声が携帯から聞こえてくる。
『母さんが今日夕飯どうするのって。むーくんお友達と一緒なんでしょう?お夕飯も食べてくるのかしら」
時計を見れば6時近い。さっきムク犬への恋心を自覚したばかりの俺としては、このまま夕飯も一緒に食べて距離を近付けたいところなんだが…。
「ううん、帰ってから食べるってお母さんに伝えて」
ああ、やっぱりなあ。仕方ないあんまり焦って却って警戒させてもマズい。そんな考えを巡らせていた俺の耳に、ムク犬のでっかい声が響いた。
「あ…ああっ!そうだっ!にこちゃんお金貸してっ!」
…あ、まさかさっきのホテル代の話、ムク犬のなかで終わってなかったのか?それはもういいんだと、ムク犬に伝えようとした時ノックの音がした。
…と思ったらいきなりドアが開き、そこから現れたのは
「よう大雅、久し振りだな」
「…士狼、なんでここに…ってか、なに勝手に入って来てんだよ」
「オーナー自ら挨拶に来てやったって言うのに、その言い種はないだろう?」
突然現れた男に、電話していたムク犬も話しを止めてこっちを見る。それに気付いた士狼は、ツカツカとムク犬の傍まで歩み寄った。
「突然の来訪失礼します。私は当ホテルの総支配人をしております宍倉士狼 と申します。レストランでのお食事で、具合を悪くされたと伺いましたが…ご気分はいかがですか?」
優雅に腰を折り極上の営業スマイルを浮かべて、ムク犬に話し掛ける士狼。
あまりに突然の出来事に、ムク犬はでっかい目玉が落っこちそうなくらい目を見張っている。
『もしもし〜、むーくんどうしたの〜?お金って、お財布落としちゃったの?』
ムク犬の携帯から聞こえてくる声に、士狼は電話を切るようにゼスチャーで伝えた。訳もわからずそれに従うムク犬。
「あ…ごめん。にこちゃん、お友達が来たから切るね。また後で掛けるから」
そう言って通話を終えた。
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