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107話/たいが
ムク犬が余計な事を言いだす前に、俺は九条からムク犬を奪い返した。
どんなお願いでも聞くだとか、マジで何を言い出していやがるんだ!
まあ、お陰で九条の手が緩みムク犬を奪還する事が出来たわけだが、本っ当にコイツは目が離せねえ。
小さなムク犬の体を姫抱きにしたまま、ゴールまで駆け出して行く。チラッと九条を見遣 るとさっき置いてきたB組の獲物 に捕まっていた。
…どっちがハンターか分かんねえな。
「…し、宍倉くん…」
腕の中のムク犬が戸惑った声で俺を呼んだ。
やっと取り戻せた大事な温もりを大切に抱え直し、俺は前を向く。
「河合、このまま行くよっ!」
その呼びかけにムク犬は俺の首に手を回し、キュッと抱き付いてきた。久し振りに感じるムク犬の柔らかい髪と甘い香り。
この獲物 は俺だけの獲物 だ!
『白熱したレースも終盤を迎えようとしています!現在トップを走るのはA組の宍倉、河合のペア。それをB組の九条ペアが追いかける展開です!』
『途中、A組の宍倉選手からB組の九条選手が獲物を奪うという一幕もありましたが、また宍倉選手が奪い返し同チームでのペアでゴールに向かっていますね』
『はい、いきなり宍倉選手から獲物の河合選手を奪って行ったのには驚きましたが、あれはポイントよりも河合選手を捕まえたいと言う欲望が勝 ったのでしょうか』
『そうですね。確かに河合選手のワンココスは破壊力がありますから、本能が勝っても仕方がないのかも知れません』
『ですが、これはチームの勝利が掛かった大事な最終レースですからね。私情は挟むのは良くありません』
『まあまあ、彼等も本能と日々闘う高校生男子ですからね。そこは大目に見ましょうよ椛島さん』
『こほん、失礼。私も少々私情が入ってしまったようです。では改めてレースに目を向けましょう。後続のペアもスパートを掛けていますが、宍倉、九条ペアとはその差が30mはありますね。猿渡さん、これはもうこの二つのペアの争いと見て良いでしょう』
『そうですね椛島さん。さあ一着でゴールテープを切るのは果たしてどちらのペアなのか!』
『因みに、一着のペアにはハントのポイントに加えて更に100ポイントが加算されます!』
『おや、そんなルールもあったんですね』
『はい。何しろ急な変更でしたので通達の不備が色々とあったようで申し訳ないと、実行委員会から謝罪の言葉を頂いております』
『いやいや。この盛り上がりですから多少の事には目を瞑るべきですよ!はあ~、それにしても獲物達の愛らしいこと』
『本当に尊いですね…!』
『私情ただ漏れですね!さあ、野太い声援が巻き起こる会場をハンターと獲物達が駆け抜けて行きます!勝利を手中に収めるのは宍倉ペアか、それとも九条ペアなのか!』
あいにくゴールはもう目の前だ。俺の腕の中にすっぽり収まったこの温かくて小さな生き物を大事に抱え直し、ハイテンションなアナウンスが聞こえる中、最後のスパートをかけた。
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