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106話/むく

浮き上がった僕の体を、しっかりと受け止めてくれた力強いその腕の中に僕は軽々と収まった。 見上げればそこにあったのは、宍倉くんの男らしくて綺麗な顔。 「…し、宍倉くん…」 宍倉くんが、僕を奪い返しに来てくれた…。 僕を抱き締める腕の力とその熱が、宍倉くんの気持ちを伝えてくるようで、僕の胸は熱くなっていく。 「河合、このまま行くよっ!」 荒い息の整わないまま、宍倉くんは僕をお姫さま抱っこで抱えて走り出した。 僕は振り落とされないように宍倉くんの首に腕を回し、ギュッと抱き着く。 追いかけてこようとしているトーイくんの姿が、段々遠くなっていくのを宍倉くんの背中越しに見つめる。 宍倉くんはなおもスピードを上げてゴールへと向かって行く。 誰も僕たちには追いつけない。 なんだかこのまま何処か遠くまで行けるようなそんな気がして、僕は笑い出したいような幸せな気持ちになった。 宍倉くんの腕は僕をしっかりと支えてくれてて、安心して体を預けることが出来るの。 風を切るその感覚が、初めてバイクに乗せて貰った時の事を思い出させる。あの時もこんな風に宍倉くんにしがみついていたっけ…。 (ほの)かに薫るシトラスの香りはいつも僕を安心させてくれる。トーイくんに連れて行かれた僕を、必死になって取り戻しに来てくれた宍倉くん。 それはレースの為…?それとも…、それとも僕の為…? 聞きたい…な。聞いたら答えてくれるかな…。 そんな事を考えているうちに、ゴールはもう目の前に迫っていた。

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