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第129話/むく
別荘での合宿も早三日目。
今日は午前中に馬場での乗馬体験を楽しんだ後に、ちょっとだけ足を延ばしてお蕎麦の名店でお昼を食べて、午後はショッピングをする予定!
馬場で待ち合わせしてるカズ先輩達は携帯を掛けるまでもなく、入口付近にたむろしている女の子達が目印になってすぐ見つかった。
イケメン組は昨日に続いて注目の的で遠巻きではあったけど、まるでアイドルグループみたいに騒がれてる。
その女の子の集団から聞こえてくる会話からは、インディーズのアイドルグループなんじゃないかって言う噂になってるとかなんとか…。
…ええっ?!とうとうアイドルグループに確定しちゃったのぉっ…?!
だけどそんな噂 が広がるのも無理ないなぁって納得しちゃうくらい、馬に跨がった宍倉くんはアイドルどころかまさに白馬の王子様そのものだった。
ひゃあぁ~。かっ格好良いぃ~!
艶のある紅茶色の髪が動きに合わせてサラサラと揺れながら燦めき、同じ色の眸は陽の光の加減で琥珀色に輝いている。
柔らかな笑みを浮かべ長い手足で馬を操る宍倉くん。その気品溢れる乗馬姿に見惚れちゃわずにはいられない。
今日の宍倉くんは質の良さそうなコットンシャツとチノパンと云う出で立ちで、それでも充分に格好良いんだけど、これで乗馬服とか着ていたら格好良過ぎて倒れる人が出ちゃいそう!
もういっそファンタジーゲームみたいな騎士服とか着て騎乗して欲しいなぁっ。
うう~ん、コスプレさせたがるカズ先輩の気持ちがちょこっとだけ分かったかも(平々凡々な僕にコスプレさせる気持ちはまったく理解出来ないけどねっ)
そんな宍倉くんは軽く馬を歩かせるとすぐに速足で駆けさせていた。うわあっ、スゴーい!!
女の子達はもちろん、他のお客さん達も宍倉くんの姿に視線が釘付けだ。
なんでも乗馬はお祖母さんのお家でやったことがあるらしくて今さら習う必要はない腕前だそうな。
バイクに乗ればワイルドで馬に乗ると優雅だなんて、ホントに宍倉くんのイケメンポテンシャルが無限大すぎる…!
宍倉くん以外のイケメン組と卯月部長はインストラクターの人に少し習ったら、すぐに難なく馬を歩かせていた。そして真央くんはスタッフの人に手綱を持ってもらいながらゆっくりと馬を歩かせている。
だけども僕とシマくんと三葉くんの3人は騎乗することもままならない。
そんな僕たちに気付いたミツくんがシマくんを、三葉くんにはコウ先輩が教えに来てくれていた。
三葉くんはプルプル震えながらもコウ先輩の声に頷きつつ馬を歩かせ、いつもはミツくんに噛みついてばかりのシマくんも真剣に教わっている。
そして僕はと云うと、生まれて初めて乗った馬の予想外の高さが怖くて馬上で固まってしまってる。うぅ…。
手綱を持ってくれてるインストラクターのお兄さんが、怖がらずにゆっくり歩いてみましょうって声を掛けてくれるんだけど怖くて動き出せない…。
そんな僕を見かねたのか宍倉くんが傍まで来てくれて優しく声を掛けてくれた。
「怖がってるとそれが馬に伝わっちゃって馬が落ち着かなくなるんだ。馬はデリケートだからね。必要以上に怖がらずに楽しもうって気持ちで乗ってみて」
「…う、うん…」
そう宍倉くんは言ってくれるけどやっぱり怖い。
「すみません、この子何て言う名前ですか?」
僕の乗った馬の鬣 を優しく撫でながらインストラクターのお兄さんに尋ねる宍倉くん。
「河合、この子メリーローザ号って言うんだって。メリーローザって呼んでごらん」
「…め、メリーローザ?」
僕が名前を呼ぶとメリーローザ号は返事をするみたいに頭をもたげた。
「うん、賢い子だね。メリーローザこの子まだ慣れてないからゆっくり歩いてくれる?」
優しくメリーローザ号に話しかける宍倉くんに倣って僕も話しかけてみる。
「メリーローザ、僕下手くそだけどよろしくね?」
するとメリーローザ号はゆっくりと歩き出してくれた。
ふわぁっ!馬上からの景色ってこんなに高いんだ!さっきまで怖がってた高さが今度はいつもと違う視界を広げてくれて感動に包まれる。
「うまいうまい」
メリーローザ号の手綱を持った宍倉くんが誉めてくれる。
「よし、そろそろ大丈夫かな。河合、鐙 にしっかり足を掛けて太股に力を入れてから手綱を軽く引いてみて」
手綱を僕に渡した宍倉くんがメリーローザ号から離れた。メリーローザ号はゆっくりとした足取りで前へ進んで行く。
うわあっ!ぼっ、僕一人で馬に乗れている!!
嬉しくて宍倉くんを探すと騎乗した宍倉くんが傍までやって来てくれた。
「どう?乗馬って楽しいでしょ?」
宍倉くんは笑顔を浮かべてそう問いかけてきた。
「うんっ!!サイコーに楽しいよっ!」
それから二人で並んでゆっくり馬場のコースを周回して、慣れてきたらお喋りする余裕も出て来た。
「宍倉くんはお祖母さんちで乗馬習ったって言ってたけど、お祖母さんのお家って北海道とかなの?」
「祖母はスウェーデンに住んでるよ。祖父が馬が好きな人だったから小さいけど厩舎があって数頭飼育してたんだ」
すっ、スウェーデン?!
「もしかして宍倉くんってハーフだったりするの?!」
「あれ、知らなかった?母がスウェーデン人でね、子供の頃あっちで育ったんだよ」
驚愕の事実!!宍倉くんがハーフの帰国子女だったなんてっ!!
仲良しだって自慢していたクセにこんな重大なパーソナルデータも知らなかったなんて!
でもそっかぁ…。だから宍倉くんって髪や瞳が紅茶みたいに綺麗な色なんだね。
スラッとした手足も高い身長もだからなのかなぁ。
やっぱり宍倉くんは僕とは全然違うんだなぁ…。
少しだけ宍倉くんとの距離が近づいたって感じていたけど、やっぱり宍倉くんと僕じゃ友達でも釣り合わないかなぁ…。
そんないじけたことを考えながら隣に目をやると、まさに馬に乗った王子様な宍倉くんが微笑んで僕を見ていた。
「ねぇ、河合。よかったらさ、俺のこと大雅って呼んでくれない?」
「え?」
「ほら、こんなに仲良くなったのに名字呼びなんて寂しくない?」
「…いっ、いいの?!…じゃ、じゃあ僕のことも椋って呼んで!!宍倉くん…、じゃなくって、たっ…大雅くんっ!」
「ふふっ、大雅でいいのに。それじゃあ椋、少しだけ駆け足で廻ってみようか」
「うんっ!大雅くんっ!」
宍倉くん…、じゃなくって大雅くんは、僕を椋って呼びながら馬を走らせる。
遠くなったと思った距離がまた一気に近づいたみたいで嬉しくって、僕も『大雅くん』って呼び掛けた。
そしたらホンワリと胸の辺りがあったかくなって、モヤモヤしたりイライラしてた気持ちが消えてった。
だから僕はその名前を心の中でもそっと大切に、何度も何度も呟いてみたんだーーー。
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