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第133話/むく

合宿四日目。 初日からレジャーに明け暮れていた僕たちだったけど、本日は合宿本来の目的である調理活動をするよっ。 そう言う訳で只今朝の五時、調理部一同キッチンに集合しています。 「は~い、みんな揃ったねぇ。じゃあ計量からはじめるよ~」 「はいっ!真央先生」 「先生はやめてよ~」 今朝は真央くんの指導のもと、初心者にも作りやすいって言うベーグルを焼くんだ。 ドーナツみたいな可愛い形ともっちもちの食感のベーグル!たくさん焼いて色んなベーグルサンドを作るの。楽しみ~! 「じゃあ計った材料をスケッパーでよく混ぜてね~」 強力粉と砂糖、それから塩をボウルに入れて、スケッパーって言われる四角形の薄いカードを使って混ぜ合わせる。 「綺麗に混ぜたら真ん中にくぼみを作って、そこにお水とドライイーストを入れてね~。スケッパーで粉と水を混ぜ合わせたら切るような感じで混ぜてって~」 真央くんの手元を見ながら作業を進めていく。 「粉っぽさがなくなったら、手でひとまとまりにしてねぇ」 ボウルから掬い取るようにして生地をまぁるく纏める。 「まとまったら生地を調理台の上に出して、生地がつるんとするまで捏ねてね~。10分くらいでつるんってなるから頑張って~」 普通は捏ね台(ペストリーボード)にのせて捏ねるらしいんだけど、別荘(ここ)の調理台は大理石なのでペストリーボードは使わずに綺麗に拭き上げた調理台にのせてみんなでこねこねする。 けっこう力がいるけど、頑張ってコネコネコネコネコネコネコネコネ…。ふう~。 「真央くん、これくらいで大丈夫?」 つるんってなった生地を見てもらう。 「うん、オッケーだよ~。それじゃ生地をスケッパーで分割してから、ひとつひとつの重さが均等になるように(スケール)で量りながら調節してね~」 目分量で分割した生地が等分になるようにキチンと分けていくよっ。 「ちゃんと分割出来たら生地をきれいに丸めて底を閉じてねぇ。それを間隔を空けて台に並べたら、かたーく絞った濡れ布巾をかけて15分くらい休ませるよ~」 「いわゆるベンチタイムってやつか。じゃあ生地を休ませてる間に使った器具を洗って片付けよう」 部長の指示に従ってみんながテキパキと片付けを進めていくなか、シマくんが真央くんに質問をする。 「なぁマオ先輩。なんでベンチタイムって必要なんだ?」 「う~ん、そうだねぇ。さっき生地を分割して丸めたでしょ。あれはね、一次発酵中に出来ちゃった不揃いな気泡を抜いて生地を均一にしたんだよ。ああやって滑らかにするとこのあとの工程で綺麗に成形出来るんだぁ」 「ふぅ~ん?」 「生地はねぇ。触ったり丸めたりって作業をすると生地のグルテン組織に刺激が与えられて弾力を持つんだよ~。でも弾力のある状態だと生地が伸びなくってうまく成形出来ないんだぁ」 「へぇ~」 「だからね、成形がしやすくなるまで生地を休ませてあげるの。パン生地って力を加えると弾力を持って、時間がたつとゆるんでくるんだよ~。だからベンチタイムの時間は作るパンによって変わるんだ~」 スラスラとシマくんに説明する真央くん。スゴーい! 「うん!凄くわかり易かった!ありがとマオ先輩」 「どう致しまして~」   真央くんはとっても早起きで、毎朝僕がキッチンに降りる頃にはもう成形のすんだパン生地を天板に並べているから、こうして真央くんがパンを作ってる工程を見るのは実は初めてだ。 本当に手際が良くて本物の職人さんみたいで僕は秘かに感動していた。 やっぱりプロの人と作業するのって、腕を磨く近道なのかなぁ。もちろん本人の努力が一番必要なんだと思うけど。 僕は高校を卒業したら製菓の専門学校に進むつもりだけど、真央くんは卒業したらお家のパン屋さんで働くつもりなんだって。お家の人は大学に行っていいって言ってくれてるけど、早く一人前のパン職人になりたいからって。 同い年で背格好も似ていて、将来の夢もパン職人の真央くんとお菓子職人の僕は一年の時同じクラスになってすぐ意気投合した。 それから一緒に調理部に入部して、二年ではクラスが分かれちゃったけど一番気の合う大切な友達の真央くん。その真央くんは先に社会に出ようとしている。 真央くんが一人で先に大人になっていっちゃうような、置いてかれちゃうような、そんな気持ちになってしまう…。 「そう言えばマオ先輩、昨日はシシ先輩とスゴく仲良さそうだったな!」 勝手に寂しさを感じて止まっていた作業の手がシマくんの元気な声でビクリ、と動く。 「携帯のアドレス交換してただろー?なんかシシ先輩メチャクチャ嬉しそうだったよな!」 …え…。 「ホラ、お喋りはお終いにして片付けてしまわないとそろそろベンチタイムが終わるよ」 「はーい!」 部長がパンパンと手を叩いて片付け作業を促した。 …そっかぁ、真央くんと大雅くん仲良くなったんだ。しっかり者の真央くんとパーフェクトな大雅くんならきっと話が合うんだろうな…。 …ヘンだなぁ、なんだか寂しさが増えたみたい。 大好きな真央くんと大好きな大雅くんが仲良しなら凄く嬉しいことのはずなのに。 僕、ホントにどうしちゃったんだろう…。

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