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第136話/たいが
散歩から戻ると小動物たちの楽しげな声と共に、パンの焼ける香ばしい匂いがキッチンの方から届けられてきた。
今朝も旨い朝メシが食べられそうだと熊谷のせいで下がったテンションが浮上する。
ジョギングでかいた汗を流そうと着替えを取りに自室に戻ると、ベッドの上に放り出していた携帯の画面に士狼からの着信が表示されていた。
こんな朝早くから何だ?と訝 しく思いながら画面をタップする。
『よう大雅、楽しんでいるか。わんこ君とは上手くいっているか?』
からかいを含んだ士狼の声が留守録から聞こえてくる。今回、この別荘を使うのに士狼の手を借りた経緯があるのでムク犬を伴っているのはバレている。
『残念ながら二人っきりとはいかなかったようだがな』
笑いながらの士狼の声。畜生!お見通しかよっ!
『まあ、その辺りのことは兎も角。明後日、本家の集まりがあるのは知ってるだろう?祖父さんがお前を連れて来るように俺に連絡を寄越してきた』
はあっ!?いきなり何の話だ!?
『って訳で、明日そっちまで迎えに行くからそのつもりで用意しとけ。じゃあな』
そう言って士狼からの一方的なメッセージは切れた。
はああぁー!?なんだそりゃ!?
ふっざけんな!!
せっかくこんな所まで来たって言うのに、俺とムク犬の距離は殆ど近づいてねぇんだぞっ!?
ここで俺だけ抜けたら九条の野郎に抜け駆けして下さいと言ってるようなもんじゃねぇか!
だいたい本家の集まりに俺が顔を出せば、ババァや姉貴達が大騒ぎするだろうが!ジジィの奴なに考えてやがんだ!
『ぜってぇ行かねえ!!士狼も迎えになんか来なくていいからなっ!』
携帯を叩き割る勢いでメールを打ち込み士狼に送る。
マジふざけんじゃねぇ!苦労して取り付けたこの合宿 も邪魔ばっかりで全然ムク犬にアプローチ出来てないってのに。
俺の気持ちをムク犬に伝えると決意した矢先に、今度はジジィが呼んでるだあ?
どいつもこいつも、なんでこうも横槍ばっかりいれやがるんだー!!
とにかく無視だ!無視無視!!ジジィの思惑なんか知ったこっちゃねぇ!!
俺は携帯を放り投げシャワーを浴びるべく風呂場へと向かった。
シャワーを済ませ食堂へ向かうと、既にそこにはお邪魔虫共が勢揃いして寛いでいやがった。
「おはよう宍倉。お邪魔させて貰っているよ」
「朝早くからすまんな。今日は一日世話になる」
「やっほー王子。さっきぶり〜、今日は宜しくね〜」
桜木と牛島、ついでに熊谷の挨拶に軽く会釈して返す。
九条は無言で目線を合わせたあと、小声で『抜け駆けすんじゃねえぞ』と囁いた。
それはこっちの台詞だと言い返そうとした所でムク犬達がワゴンの音を響かせ入ってきた。
「お待たせしてごめんねっ。色々作ったからいっぱい食べてねっ!」
食堂のテーブルの上には小動物達の力作である様々な具材のベーグルサンドが、手際良く所狭しと並べられた。どのサンドも手が込んでいて美味そうだ。
「こっちはお肉をメインにしてて、こっちのはお魚!お野菜とフルーツをメインに作ったのもあるから色んな味を楽しんでみてねっ!」
ニコニコ顔で色とりどりのサンドイッチをすすめてくるムク犬が可愛い。
美味そうなサンドイッチにお邪魔虫共が我先にと手を伸ばしていく。
「梨兎が作ったのはこれかな?」
「…なんで分かるんだ」
「これ美味しそ〜」
「それ!俺が焼いたヤツ!見る目あるなミツ先輩!」
「…これ、コウ先輩の好きなローストビーフ…」
「ああ、旨そうだ。貰うよ三葉」
それぞれが手に取ったサンドイッチを口に運び賞賛の声を上げ、それを聞いた小動物たちが嬉しそうに笑う姿に和まされ、さっきの電話で苛ついていた気持ちが落ち着いていく。アニマルセラピー効果すげぇ。
「この海老とアボカドのヤツ、スッゲー美味そう!」
「トーイくん、海老好きだよね」
「これムクが作ったの?綺麗に出来てるなっ」
「それは真央くんが作ったんだよ。すっごく綺麗で美味しそうだよねっ!僕のはこっち。ちょっと形が歪んじゃったんだ、えへへ~」
どうやら九条の好物のサンドイッチは小西が作ったものらしく残念がる九条には気付かずに、ちょっと恥ずかしそうにムク犬が指差したのは豚しゃぶ肉をオイスターソースとマヨネーズで味付けしたサンドイッチだった。
俺の好物の豚肉を使ったサンドイッチ!これは俺の為の料理だよな!?そう確信した俺は二人の間に割り込んだ。
「形の歪みなんて全然気にならないくらい美味しそうだよ?食べてもいいかな椋」
「うっ、うんっ!」
濃い目のオイマヨソースが豚肉によく絡みもっちりとしたベーグルと良く合っていて一口毎に旨味が広がる。文句なしに旨い!
「すっごく美味しいよ!」
「…ほ、本当?ベーグル不格好だけどちゃんと美味しい?」
「だから形なんて関係ないってば。椋は心配症だね」
「え、えへへ~。嬉しい!あのねっ!こっちのチキンステーキとツナのも僕が作ったんだ!あとリンゴと胡桃のフルーツサンドも!」
「どれも美味しそうだね。貰ってもいいかな」
「うんっ!沢山食べて!」
「このチキンサンド美味しそ〜!貰うねえ〜」
「あっ、テメエ!それは俺のだ!」
ムク犬の作ったサンドは全部俺一人で食うつもりだったのに、横から現れた熊谷に気を取られてる間にツナサンドを九条に、フルーツサンドをシマリスに取られてしまったのだった。
ちっくしょー!!
朝食を食べ終えた俺達は小動物達の淹れてくれたお茶を堪能しながら、雑談に花を咲かせ始めた。
「やっぱり真央くんが焼いたベーグルは一味違うよねぇ!」
「そうかな〜?皆のだって美味しかったよぉ」
「真央は将来、家のパン屋を継ぐのかい?」
「はい〜。そのつもりです」
「マオ先輩ん家のパン美味しいもんな!先輩の腕ならもっと人気が出ると思うぜっ!」
「ありがとうシマ。そうなれるように頑張るよ〜」
「クロネコちゃんのお家ってパン屋さんなんだぁ?ふうん、もう将来のことちゃんと考えて行動してるんだ。偉いねぇ〜」
「ミツくん、クロネコちゃんじゃなくて真央くんだよ。そうなんだ!真央くんは毎朝お店を手伝ってるからすっごくパンを焼くのが上手だし、教え方も上手いんだよ!」
熊谷に向かって親友の小西を自慢するムク犬。
「ふふっ、むっくんはパティシエになりたいんだよねぇ〜。じゃあ、専門学校に進むのかな〜?」
「うんっ!そのつもり」
「みんなもう将来 のこと考えてるなんてしっかりしてるねぇ〜」
「そうだなぁ、もう高2の夏だもんな。俺もそろそろ真剣に進路の事考えなきゃなー」
「トーイくんは将来の夢とかあるの?やっぱりサッカー選手?」
二人の会話を聞いたムク犬が九条に質問する。
「ん〜、サッカーは好きだから高校でも続けてるけどサッカーで食っていこうとかは考えた事ないなぁ。俺はどっちかと言うとサポートする方に回りたいんだ。だから大学はスポーツ科学科のあるところを選ぼうと思ってる」
そう答えた九条に桜木が問いかけた。
「スポーツトレーナーとか目指してるのかい?」
「そうですね、そう言う形で選手の力になれたらと言う気持ちはあります」
「梨兎と少し似てるね」
「僕が目指してるのは内科医だから、外科的なアプローチは出来ないよ」
「ええっ?!部長、お医者さんになるのか?!」
「なれるかどうかはこれからの頑張り次第だけどね」
「わー!じゃあ怪我したら診てもらおうっと!」
「だから外科医じゃないってば」
どうやら卯月は医者を目指しているらしい。あの性格は俺も外科向きな気がするが、学年首席の卯月なら叶えられそうな夢だな。
「三葉は栄養士になりたいと言ってたな」
「…料理、好きだから。あと資格あったら安心ってお姉ちゃんたちが…」
「えー!三葉まで将来のこと決めてんのか?!俺、まだなんにも考えてないぜっ」
「あはは〜、まだ高1じゃん。焦る必要ないよ〜。俺もぜ〜んぜん考えてないも〜ん」
「熊谷は少しは焦った方がいいと思うぞ」
そう言う牛島は警察官志望だそうだ。似合い過ぎる。そう心の中で納得しているとムク犬が俺にも聞いてきた。
「大雅くんは?大雅くんも何か夢とかあるの?」
「…いや、俺もまだちゃんと考えてはいないかな」
「そっかぁ。でも大雅くんの成績ならどんな大学だって楽勝だし、これからじっくり考えていけばいいよねっ」
「うん…、そうだね」
ムク犬の言葉に俺は曖昧に笑って返す。
楽しげに将来のビジョンを語り合うムク犬達を見ながら、俺は士狼からの言葉を思い出す。
シャワーから戻ると携帯には、怒りに任せた俺の返信に対する士狼からのメッセージが入っていた。
『いつまでも逃げ回ってはいられないぞ、大雅』
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