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9.ビッチな俺はスパダリなんかに絶対屈しない②-終-
名木が王子の部屋に居候をし始めてからしばらくして、絵の提出期限が来て俺の絵も完成して、それは、それはもう久しぶりの『力作』といって良いくらいの出来で。それからコンクールの発表、というか学生美術展が開催されたのに、俺たち元ヤリサー二年組と名木は一緒にやってきている。静かに穏やかな雰囲気の美術展で、いつも騒いでいる一同は小声でひそひそくだらないことを言い合っているが、俺は、俺はなんとなくだけど結果だって分かっていたのだ。歩み進めて一番目立つ位置、そこには月明かりの湖畔の風景を描いた、西城の絵が飾られていた。
「やっぱり、西城が金賞かぁ」
ライバル心や焦燥感は、もはやそこには残っていない。ただ穏やかに同じ絵描きの西城の絵を『素晴らしい』と思える感情だけが、俺の中にはあった。しかし、
「なんだよ唯月! 自信作だって言ってたくせに、まーた西城にやり込められてんじゃねーか!!」
「あはっ。王子さすが、無粋だよね」
「唯月ちゃん。こんな技術だけの絵より、唯月ちゃんの絵の方がとっても温かくて、幸せじゃない?」
「眼鏡……ありがとう」
「たしかに俺らからしたら、モデルになったってのもあって贔屓目になるよなぁ」
「カロリー、あはは。確かにそうだよね」
そうやって語り合って文句なんかも言ったりして、そうしていると隣の名木が、俺の頭を撫ぜてきた。
「唯月、」
名前を呼ばれる。名木には今まで、途中経過も見せていなかったこの『友達』の絵。それは本当に、確実に俺の心を投影しているのだ。ずっと名木を、両親の操り人形だったという名木を、中学生時代から支えてきたという俺の絵は、
「名木、えへっ。今回のはどうかな?」
君と、恋がしたい。そういってくれた名木。今も俺たちは友情の中でも、やっぱり淡い恋の中にいるのかもしれない。そんな俺たちを描いたその絵を見て、絶賛家出中で許嫁までいる名木は、感極まって向き合った俺に、優しくそっと抱きついてきた(横で王子が『おいっ』と文句タラタラだが)。
「凄い、唯月。やっぱり君はすごい絵描きだ。君の心が、見事に花を咲かせているみたいだ」
「むっ、名木。苦しいってば」
「その花は、きっとまだ俺との恋の花ではないけれど、それでも君が咲かせた友情の花は、こんなに、こんなにも美しい」
「ふふっ。くさいセリフを平気で言うよね、名木」
王子に引きはがされて自身も一歩引いて、俺の両肩に手を乗せたまま名木は泣き笑いを見せる。名木が涙を浮かべるのを見たのなんか、俺だって初めてだった。まあ零すまでは行かないんだけど。
「やっぱり唯月、唯月は一番の絵描きだよ。君は更にもっともっと、良い絵描きになれる。そこに俺の力を、少しだけ貸していきたい」
「……そうだね、名木の力も貸してもらえると嬉しいな。今はまだ、友達としてだけど」
「おいっ、俺たちだって唯月の絵の力になってるだろうが!?」
「うん、王子もちろん。お前らも本当に、あのね……おれと仲良くしてくれて、俺から離れないでくれてありがと」
「唯月ちゃん……」
じんわりきている眼鏡と、『わはは』と大きく笑って他の客から冷たい目で見られているカロリー。王子は『ふん』と鼻を鳴らすも照れているらしく、俺からそっと目をそらす。
「唯月、今日は君と二人きりになりたい。君の部屋に行ってもいいか?」
「えっ、でも兄ちゃんが」
「だったら適当に、泊まれる場所を探そう。一刻も早く、君の友愛が、恋心に変わる様に俺も努めるから」
「そっ、それって!?」
こんなことを言っているけれどたまに王子の部屋でそれらしい行為に及んでいる俺たち(と王子)だ。つまり名木は、しかし最近いつも三人での行為だったから久しぶりに、俺と二人きりになりたいと言っているらしい。でもそんなこと、王子が許すわけ……思って王子を見たら、思った通りに三白眼を釣り上げてこっちを睨んで『おい、居候の家事係?』と名木に凄んでいる。が、次の瞬間、
「わっ!?」
がばっ! と、名木にお姫様抱っこにされて目を白黒させる。
「じゃあ、そういうことだ」
「ってぇ、どういうことだよ名木!! 逃がさねーぞ!?」
「唯月、行こう」
「わわわっ、名木ちょっと!?」
と言っている間にも名木は駆けていて、その後ろから運動不足の王子たちが走ってきていて、その様子を、コンクールを見に来ていた西城が冷めた瞳で遠くから眺めているのに俺は気が付かない。西城は会場から出ていく俺たちを眺めて、腕を組んで自身の絵と、その下の俺の絵を眺めて比べて『はっ』と笑った。
「やっぱり阿須間。お前ってやつは詰めが甘いんだ……でも、」
言葉を続ける西城は、勝気に満足げな目の色で今回の俺の絵を見ている。今回の俺の絵、すなわちそれは……。
「やっぱりなかなか、お前ってのは良い絵を描く。ま、僕には負けるけどね」
銀賞:阿須間唯月『友達』。そういう絵であった。
おわり。
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