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9.ビッチな俺はスパダリなんかに絶対屈しない①

 大学に行って、学年全員の必修講義を待っている間、ホール内で柄にもなく眼鏡とカロリーと並んで座っている所に、なぜか王子と名木が並んでホールに入ってきた。俺の逆隣に王子が座って、その隣に名木が座ると二人がこっちに『はよ』『おはよう』とあいさつをしてくる。 「おはよう二人とも。なに、同伴?」 「気色わりぃこと言うなっつうの! ってか唯月は聞いてないのな?」 「何を?」 「こいつ、家出してきたんだってよ。で、今は俺の部屋に来てる」 「はっ!?」  王子が昨日の二日酔いでガンガンの頭を抑えながらもその事実を教えてくれるのに、俺は驚いて目を丸める。そういえば兄ちゃんが『あいつはここには、流石に来なかったか』等と言っていた。名木のことだったのか。そして兄ちゃんは、名木が家出したことを知っていた、らしい。それって……それって? つらっとしてにこやかに授業の準備をしている名木の横顔に問う。 「なっ、名木……もしかして兄ちゃんが、何か名木に迷惑かけたんじゃ?」 「迷惑、というか。まあ俺としてはありがたいと言っても過言じゃない。京介さんが俺と唯月のことを糾弾して、そのおかげで俺は、あの家を出ていく切っ掛けを掴めたから」 「ほんとうに、名木家を出てきたの? まさか絶縁なんて、」 「そういう話ではないよ、唯月。しばらく一人でやって見せて、俺は一人で良いピアニストになって、それから改めて、君とのことを考えなさいと父が言ったんだ」  許嫁の美鈴さんのことは省いて名木はそういって、爽やかに笑う。俺は戸惑って、え、え、それって? という感じである。名木は続ける。 「確かに一人前でもないのに、君に俺のすべてを受け入れてほしいだなんて甘い話だった。唯月、俺は一人前のピアニストになるから、そうしたらまた、告白を受けてくれるか?」 「えっ、あのーその」 「おい名木! 唯月が困ってるだろ! 大体何度も言うように、唯月は俺たちの姫なんだっての!!」 「テニスサークルからはもう抜けただろう」 「うーん名木くん。僕たちテニサーを抜けても、唯月ちゃんのことは紛れもない僕たちの姫だと思ってるからね」 「おう、唯月は俺たちの姫で、友達だからな!」  最後におやつを食べていたカロリーが調子よく『わはは』と笑うのに、『友達』という響きに俺はぽっぽと胸が温かくなるのを感じる。本当に、こいつら俺の、友達だと思ってくれてるんだ。俺は玩具じゃない。皆の姫で、友達。そのことがとても嬉しい。『へへっ』と照れ笑いするおれの笑い顔のかわいらしいことに皆がぽうっと一瞬して、しかしすぐにチャイムが鳴って講義が始まったからそれぞれが、うとうとしたり、真剣になったりしてその美術史講義に耳を傾けた。  講義が終わるとやることもなくなって、皆で街に繰り出して友達らしくゲーセンを回ったり、軽食をとったりして笑い合う。でも午後五時になって俺はハッとして、皆に『ごめん』と街角で手を合わせた。 「俺、あの絵の手入れしなくちゃいけないから、そろそろ帰るね」 「あの絵って昨日の? 唯月、もう結構いいとこまでは行ったんじゃねーの」 「うん王子。ほぼ完成だけど、やっぱり細かいところにも拘りたいから」 「唯月ちゃんが真面目に絵を描くなんてねー。あれっこれってもしかして僕たちのお陰?」 「いや、ハハ」  眼鏡が言うが、お前らっていうか名木のお陰なんだけど、それを言ってやるのも何だかなぁ、だから俺はあいまいに笑う。真面目で家柄が良いからあまり来たことがないらしいファストフード店を興味深げに観察していた名木を見る。 「名木は、これからどうするの?」 「ん。王子くんの部屋に、暫くはお世話になる」 「ってぇ、聞いてねーけど!? 昨日は土産ついでに泊めてやっただけだって!!」 「家賃の七割を払う。それでも駄目か?」 「なっ、七割!? おまえ、家出してもマジで金持ちの坊ちゃんだな……」  家出をして、しばらく手持ちの現金と私物のカードで生活をするつもりの名木の提案に王子が震えて、慄いている。兄ちゃんの手前、名木を俺の部屋に呼ぶこともできない俺だから苦笑いをして、それから隣の席の王子の肩をポンと叩く。 「名木もそーいってるし、王子。しばらく泊めてあげたら?」 「ううう。唯月を泊めるならまだしも、なんでおれがこんなむさ苦しい野郎と……」 「卒業までお世話になる」 「って、おい! 卒業まで!? マジで言ってんのかテメー!!?」 「まあ厳密にいえば、卒業してピアニストデビューして、正しく独り立ちする日まで宜しく頼む」 「はああ!? 俺にも就職とかあるんですけど!? 俺はお前らと違って一般企業志望なんですけど!!?」 「……友達だろう?」 「お前となんか友達にっ……」  言いかけた王子を俺が睨む。睨んでから可愛らしく媚びるような目つきに変える。王子は『う゛っ』と俺には弱い、言葉の端を濁してもにょもにょしているから、留めに俺が一言。 「二人の家に、俺だってたまには遊びに行ってあげるから、ね? 王子」 「!! それって唯月、セックスも勿論アリってことだよな!?」 「ふっふーん、それはどうかなv」 「チッ、しかたねーな。まあ、俺様を困らせないようにしろよ! 名木、お前家事係な!!」 「勉強はしてある」 「出たよ、『勉強はしてる』発言ー。どうせ完璧にこなすんでしょ?」 「善処する」  俺がからかうのにも動じずに、名木は改めて王子に『宜しくお願いします』と頭を下げた。そうして俺たちは解散して、俺は絵のことを考えながら大学の前を通って、そこで夕刻ごろ、大学に残って作業していたらしい西城と、鉢合わせをした。 「あっ」  思わず逃げかけて、もう逃げることはないと思い直す。格好はいつもの金髪インナーピンクにホットパンツだけど、俺はもう絵から逃げることをやめたのだ。西城はいつものように苦々しい表情をして俺の格好をつむじからつま先までじろじろ見やっては『チッ』と大荷物で舌打ちをする。 「まだそんな恰好をしているのか、阿須間。今度のコンクールの絵は進んでいるのか?」 「うん、ばっちり進んでるって。西城、俺さ……あのね」 「なんだよ、濁してないでさっさと言え。僕だって忙しい」 「俺、友達が出来たんだ」 「はあ?」  基本的に友達のいない西城に向かって言うことじゃなかったかもしれないけれど、俺はそれを、自慢せずにはいられなかった。西城はまた眉をぎゅっと潜めて、俺に問う。 「なんだ? 名木くんと、恋するとか何とかってのはどうしたんだよ」 「名木ともね、今のところは友達だよ。西城には良くワカラナイかもだけど、うん。そうなんだ」 「はあ?」 「だから、次のコンクール楽しみにしててよね」 「……ふん、そりゃいつでも楽しみさ。いつも通り、金賞をいただくのはこの僕なんだから」 「あはっ、相変わらずの自信家だね」 「もう行くよ、またな阿須間」  細い体でよたよたと絵の道具を抱えて、そうして西城は駅の方へと歩んでいったのであった。

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