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第2話
「じゃあ行こうかエナ」
「きゅ〜っ(はーいっ)」
馬に跨るシーグさんの前にボクも乗り込んで座る。
「きゅあ〜?(ねぇねぇ隊長さんに朝会えるかな?)」
「そうだね、確か今日は総体訓練の日だから練兵場に行けば会えると思うよ?」
「きゅ?きゅ〜う?(ほんとうに?じゃあ神殿に行く前に寄ってもいい?)」
「うん、構わないよ。本当にエナはカイゼル侯が好きだねぇ」
「きゅうっ!(うんっ、だあい好きっ!)」
今日はシーグさんの守護神殿でのお仕事の日。だからお城に上がるシーグさんのお供をする。
まだ目覚めの日は迎えてないけど、来るべき日に備えてお城で見聞きすることも、大事なお勉強だからね。
それにお城には母さまの樹もあるし、なにより運が良ければ、隊長さんにいっぱい会えちゃう。
今日が訓練の日なら隊長さんはずっとお城にいるはずだからいっぱい遊んで貰えるかもっ!わーい楽しみ〜っ!
お城に着いたらさっそく練兵場にちょっこー!
隊長さん隊長さーんっあっ!隊長さんの匂いだっ
「きゅっ!きゅう〜っ!(隊長さあ〜ん!会いたかったよう〜っ!)」
「エナっ!来てたのかっ!」
隊長さんの胸をめがけて、じゃ〜んぷ!隊長さんはその厚い胸板でボクを受け止めてくれた。
はう〜ん。隊長さんは今日も男前だよう…っ。
高い背丈、鍛え上げられた身体、艶やかな黒髪、涼しげな黒い瞳、高い鼻筋、優しく微笑む口元。
隊長さんみたいにカッコいい人ボクは見たことない。不遜だけど、王様や王子様よりぜったいに隊長さんの方がいい男!
「きゅう〜(隊長さんいい匂い〜)」
すりすりすりすり……。
隊長さんに思いっきり甘える。隊長さんは笑いながらボクを撫でてくれる。
はあ〜幸せ…。
「隊長!そろそろ時間です」
「ああすぐ行く、悪いなエナ。訓練が終わったら会いに行くから、いつもの所で待っていておくれ」
「きゅうっ!(うんっ、お仕事頑張ってねっ!)」
*****
「きゅっ(じゃあボク母さまの所に行ってるね)」
「うん気を付けてね。あちこちウロチョロして、こないだみたいに迷子になっちゃ駄目だよ?」
「きゅう〜(気をつけてるもん…)」
「シーグ」
「神官長さま」
走り出しかけたボクの耳に聞こえてきた神官長さまの声に足を止める。なにかお勉強になるお話しかもしれないから、ピクピクと耳を立てて良く聞こえるようにした。
「カイゼル侯の選びの儀のことじゃが…」
隊長さんのはなしっ?しかも選びの儀って、パートナーをお披露目する儀式のことだ…。
ボクは聞き逃さないようにもっと耳を大きくする。
「やはりアルティアを推す声が多いようじゃな。アルティアの方もカイゼル侯なら異論はないと言っておるようじゃが、いかんせん侯本人が好い返事をせん。お主は侯とは竹馬の友であろう、なにか聞いてはおらぬか?」
う…嘘、今度のパートナー候補ってアルティアなの!?
「カイゼル侯には心に決めた者がおられるようです。今はその者の目覚めの日を待っておいでなのでしょう」
…目覚めるのを待ってるって…
…隊長さんにはパートナーに決めた神獣がいるの…?
*****
アルティアは、もうすぐ目覚めの儀式を迎える、光の加護を受けた子だ。
目覚める前から白い毛並みは黄金の光を帯びていて、目覚めたらそれは美しい神獣になるだろうと噂されている。儀式を終えれば、きっと精霊のように透き通るような美しい少年の姿になるだろうとみんなが言ってた。
加護を受ける神獣でもっとも数が少くて、でももっとも美しいのが光の神獣で、そのなかでもアルティアほど美しい神獣はいなかった。
そんなアルティアが、隊長さんのパートナーになりたがってるって本当なの…?
ボクが隊長さんと初めて会ったのは、まだボクがシーグさんの所に行く前だった。
同じ年に生まれた仲間はみんな里親のもとに行ってしまって、ボク一人だけ神殿に残っていて。神官さまや武官さまや貴族の人たちはボクを見ると、あからさまに顔をそらした。
小さかったボクにも自分が仲間とはなにか違うのは分かってたし、だからボクを引き取る人が現れないんだってこともなんとなく分かってた。
でも違うことがどうして悪いのかなんて分からなくて、独りぼっちなのが寂しくてボクは神殿を抜け出しては聖母樹のもとに行っていた。聖母樹の下にいるとなんだか落ち着いて、寂しい気持ちが少しだけ楽になったから。
ボクは聖母樹を母さまの樹って呼んで、いつもそこで丸くなっていた。聖母樹と神獣の樹には、神獣と神官以外は限られた人しか近付けない決まりだから、その日も安心して眠っていた。
ボクの頭を大きななにかが撫でている感触に目を覚ます。
ゆっくりと開いたボクの目に飛び込んで来たのは、武官の着る制服だった。
あれ…、しかもボク抱き抱えられてる?
温かい膝の上に抱えられ、ボクの背中を大きな手が何度も何度も優しく撫でている。
「きゅ…きゅう〜?(え…なにどうしたの?)」
「すまん、起こしてしまったな」
優しいテノールの声。
「あまりに手触りが良いのでつい触れたくなってしまってな、昼寝の邪魔をしてしまってすまなかった」
この人、ボクを見ても目をそらさない…。それにボクの毛並みが気持ちいいって言ってくれた。今までボクの毛並みを見た人はみんな、汚ない色だって言って進んで触る人なんていなかったのに。
「きゅう〜(嬉しい…もっと撫でてっ)」
ボクは鼻先をその人の胸元に擦り寄せた。
「ん…?怒ってないのか?」
「きゅっ!(うんっ嬉しいの)」
ボクがすりすりすると、その人はいっぱい撫でてくれた。
うわあ!なんて気持ちいいんだろう。なんてあったかいんだろう。
みんなが見ない振りをするボクを嫌がる様子もなく、こんなに幸せな気持ちにしてくれた。
この人はいったい誰なんだろう…。
それからもボクが母さまの所で寝ていると、いつの間にかその人は現れてボクを抱っこして、ずっと撫でてくれた。
その人に撫でてもらうと、神殿で独りぼっちなことも周りの人が知らんぷりするのも里親が現れないことも、ぜんぶ大丈夫な気持ちになった。
そうしているうちにシーグさんがボクを引き取ってくれることになって、神殿を出て行けるのは嬉しかったけど、その人に会えなくなることだけは悲しかった。
だけど、その人はシーグさんの幼友達で、度々お家に遊びに来てくれたから、ボクはシーグさんとその人…隊長さんと三人で、スッゴくスッゴく楽しくて幸せな生活を送ることが出来たんだ。
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