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第1話

「いつまで寝てるんだ!いい加減起きろ!!」  怒鳴り声と共に情け容赦なく引き剥がされる温もり。 「やめろ智也〜、俺とお布団さまの仲を引き裂くなよお」 「引き裂かなかったら、お前は永眠するだろうが!」  うう…畜生。毎朝毎朝、俺とお布団さまのラブラブランデブーを邪魔しやがってえ。 「さっさっと着替えて顔洗って来い。また朝メシ食う時間なくなるぞ」  俺がしぶしぶ起き上がり、着替え出したのを確認してから部屋を出て行く。中学に入ってから、ほぼ毎朝の恒例行事となっている俺と幼馴染みの攻防戦だ。  ちなみに戦績は全戦全敗…。  俺は大野哲平(おおのてっぺい)どこにでもいる平々凡々な高校一年生。さっき布団と俺の仲を引き裂いたのが 浜崎智也(はまさきともや)、物心がつく前から一緒にいる同い年の幼馴染み。  高一にして180センチ超えの長身に、サッカーで鍛えたバランスの取れた身体、たいして勉強もしないのに常に学年上位の成績をキープし、さらに顔もイケメン…ってお前はどこのマンガの主人公だよ!ってツッコミを入れたくなるくらいの出来過ぎヤローだ。  それにひきかえ、俺は背は165センチしかないうえに顔も平凡常に低空ギリギリ飛行な成績で、体を動かすのは好きだけど運動神経がいい訳じゃないし取り柄って言えば元気の良さくらいだ。  こんな対照的な俺たちだけど、生まれる前からのお隣さんで幼稚園から高校までずーっと一緒。  智也の成績ならずっと上の高校も狙えたしサッカーの強豪校からスカウトまで来てたってのに、遠距離通学が嫌だとか言って結局俺と同じ家から15分の公立高校に決めて中学の担任を泣かせてたっけなぁ。  俺も違う意味で泣かせてたけど…。 「やっと起きてきた。ありがとうね、ともくん」  智也に弁当を渡しながらお袋が声を掛けてくる。 「俺の分までいつもすみません、おばさん」 「そんな水くさい事言わないでよ〜。ともくんはウチの子とおんなじなんだから」  共働きで忙しい智也んちのおばさんに代わって小さい頃から専業主婦のうちのお袋が面倒を見てきているから、実際俺達は兄弟みたいに育って来た。  つまり同じ物を食べて育って来たワケだが、何故こんなに仕上がり具合に差が出るんだ……。ちくしょうめ。 「俺は朝練あるから先に行くけど、のんびり飯食って遅刻すんなよ」 「へ〜い…」  ちぇっ、ガキ扱いするなっての。 「いってらっしゃい」  お袋が笑いながら見送る。 「も〜、てっちゃんは毎朝毎朝ともくんに迷惑かけて。もう高校生なんだから一人で起きなさい!」 「智也が勝手に起こしに来るんだよ」 「わざわざ起こして貰っていて何言ってるの。ともくんだって部活動忙しいみたいなのに、世話ばかり焼かせて!」  毎朝の決まり文句を言いながらご飯をよそってくれる。 「いつまでも、ともくんに寄りかかってばかりいて、そのうち愛想つかされちゃっても知らないんだから」  そんなお袋の言葉もいつもの事と聞き流しながら俺は朝飯を掻き込んだ。 「おはよー、てっぺー」  教室に入ると友達の木村尚(きむらなお)が挨拶して来る。 「はよーっ」 「ねぇ、英語の課題やって来た?」 「え、そんなの出てたっけ?」 「ああやっぱり忘れてる〜。今日、てっぺー当たるよ」 「うわーっ、マジかぁ!俺、今度課題忘れたら補習だって言われてるのにっ」 「浅野センセ、その辺は厳しいもんねぇ」  机に突っ伏す俺の頭に、パコンと何かが当たる音がする。 「ほら、うなだれてる暇があったらさっさっと写せ」  顔を上げるとノートを持った智也がいた。 「え?見せてくれんの!ありがとーっ、智也」  助かった!持つべきものは出来る幼馴染みだぜ。 「おはよう!浜崎くん」 「はよー、智也」 「うーすっ浜崎」  席に向かう智也にクラスのみんなが声を掛ける。 「今日も浜崎は、人気者だね〜」  必死にノートを写す俺の横でのんびりと尚が言う。 「でも、ホントに凄いよね。サッカー部でも一年でエースなんでしょ?それで成績も落とさないなんてさぁ」 「あ〜、今朝も朝練だって先に出てったしなぁ」 「浜崎、朝練の前にてっぺー起こしに寄ってくれてるんでしょ?」 「俺んちに朝飯食いに来るついでにな」 「それでも偉いよ。ホント浜崎って、てっぺーの面倒よく見てるよね。出来た幼馴染みがいて羨ましいな〜。サッカー部も浜崎のおかげで、今年は結構いいとこまで行くんじゃないかって、評判みたいだよ」 「浜崎って、中学でも有名だったんだろ?」  近くにいたクラスメート達が話に入って来る。 「たしか南中だったよな」 「同中のサッカー部の奴から聞いたけど、浜崎ってF高からスカウトが来てたらしいじゃん」 「あのサッカー強豪校の?うわーっ勿体ねー!なんでウチみたいな普通校に来たんかね」  智也の話で盛り上がるクラスメートを尻目に、それを気にする事もなく俺の前の席でHRまでの一眠りに入ってる智也。 「浜崎も忙しくなるだろうし、てっぺーもあんまり面倒掛けないようにしなきゃだね〜」 「お前まで、お袋みたいな事言うなよ」  まったく。どいつもこいつも、俺が智也がいなきゃ駄目みたいに言いやがって…。 「てっちゃ〜ん、ご飯出来たからともくん呼んでちょうだい〜」 「あいよ〜」  智也んとこの両親の帰宅はいつも深夜だから夕飯もガキん頃からウチで食っている。俺の部屋の窓を開けると、智也の部屋の窓が見えるから電話で呼ぶより早い。 「智也〜、メシ出来たって」  智也の部屋の窓が開き、頭にバスタオルを被った智也が姿を見せた。 「着替えたらすぐ行くっておばさんに言ってくれ」 「シャワー浴びてたのか?最近遅くまで頑張ってるじゃん、サッカー部。期待のエースストライカーとしては気合いが入るだろ〜」 「茶化すな」  勿体ない事に智也は高校でサッカーを続けるつもりはなかったらしい。でも廃部寸前だったサッカー部に部員総出で土下座せんばかりの勢いで懇願され、仕方なく入部した経緯がある。  押し切られる形で入部したとは言え、責任感の強い智也の事だから期待に応えようと頑張ってんだろうな。 「茶化してねぇよ…、にしても…」  久し振りに見る智也の裸に俺はショックを受けていた。  こいつ、いつの間にこんな筋肉付いてたんだ?中学までは背は高かったけどこんなガッシリとはしてなかったはず。  なんだか大人の男みたいだ…。 「おい、哲平」 「え、あ…?な…なにっ?」 「何、キョドってんだよ。すぐに行くから先に食ってろ」  窓を閉める智也の目が冷たい…。  あ〜っ!俺、なに男の裸に目を奪われちゃってんの?!  その後、夕メシ食いに来た智也の顔をまともに見れなくてお袋と智也に変な目で見られて地味にダメージを受けた、うう……。  小学生の頃までは俺と智也の体格にそんなに差はなかった。なのに中学に上がった頃から智也はずんずん背が伸びはじめ、サッカーで鍛えられて体つきもしっかりとしてきた。それでもあんなふうに男を感じた事はなかった。兄弟みたいな幼馴染みとしてずっと一緒にいたのに、智也だけが一足先に大人になっていくような…。  なんだか寂しさみたいなものを覚える。 「こんな事を考えるのが、ガキなのかな…」  無意識にポツリと呟く…。  お袋や尚の言うように、少しは智也に寄り掛らないように努力をするべきなのかも知れない。  いつまでも今のように一緒にいれる訳じゃない。そんな当り前の事に俺はようやく気が付いた。  生まれたときから一緒にいる事が当り前過ぎて、いつか離れる日が来るなんて考えた事さえなかった。けど実際、智也が俺と同じ高校への進学を決めていなければ、俺達の道は中学卒業した時点で分かれていたんだよな…。  俺の成績じゃ智也と同じ大学に進むなんて到底無理だし、あと3年経てば智也が隣にいて俺の世話を焼いてくれているこの日常が当り前じゃなくなるんだ。  そもそも智也が俺の面倒を見る義理なんてない訳で、部活に忙しい智也に負担ばかり掛けてる俺を持ち前の責任感で世話をしてくれているんだとしたら…。  今は良くても、こんな不平等な関係はいずれは破綻するんじゃないだろうか。

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