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第2話
昨夜一晩考えた俺はとりあえず出来る事から頑張ってみることにした。
まずは朝、智也に起される前に自力での起床!ありったけの目覚ましを使ったけどなんとかお布団さまとのランデブーにサヨナラ出来た。お袋にも智也にも天変地異の前触れだとか大袈裟に驚かれてムカついたけど、頑張るって決めたんだから我慢したさ。
せっかく早起きしたので智也と一緒に登校する。朝練がない日は一緒に登校してたけどここ最近はずっと別々に登校してたからなんだか久し振りだな。
ついでに、朝練を見学させて貰うことにした。智也がサッカーするところを見るのは好きだ。悔しいけど格好いいしな。
グランドの中に入れて貰って、邪魔にならないように隅の方で見学する。暫くするとユニフォームに着替えた智也が先輩達と姿をみせた。ウォームアップを終え、それぞれの練習メニューをこなしていっている。
そんな中にジャージ姿の髪の長い女子の姿を見つける。その子は笑顔を浮かべながら手に持ったタオルやスポーツドリンクを渡していっていた。
(サッカー部に女子マネージャーなんていたっけ…?)
疑問に思いながら見ていると、その子は智也の汗を拭いてやっていてそれを周りの先輩達が冷やかす。
女の子は恥ずかしそうに頬を染めて俯く。何だか見ていられなくなって俺はその場をそっと後にした。
尚に聞いたら、あの女の子はやっぱり最近入部したマネージャーらしい。我が校でも一、二を争う美少女と評判の一つ上の先輩で、そんな人が弱小サッカー部へ入部したのは智也目当てだともっぱらの噂だとか。
朝練での光景が頭をよぎる。
格好いい智也と可愛い先輩、俺の目から見てもお似合いの二人だった。智也とあの先輩マネージャーとの事を思い出すと、なんか妙な気持ちがしてくる。
こんなワケのわからない感情は今まで感じた事がなくて、なんだか自分でも持て余してしまう…。
「8回目」
「あ〜、なんだよ?尚」
「ため息の回数。浜崎と喧嘩でもしたの?さっさっと謝っちゃいなよ」
「…なんで俺が悪いのが前提なんだよ」
「だって、態度が変なのてっぺーの方だけだもん」
「へん…俺やっぱり変なのか…」
「どーせ、しょうもない事気にしてるんでしょ?
早く仲直りしちゃいなよ」
そうは言っても別に喧嘩してる訳じゃないし…。
あの朝練の日から智也に会うとぎこちなくなってしまう俺がいる。
ここ2、3日ずっとこんな調子でお袋にも不審がられているし、何より智也と普通に話す事が出来ないでいる。
16年近く一緒にいてこんな事は初めてでなんだか寂しい。
俺の方から智也を避けてるのに、寂しいなんて勝手な話だけど。
ぐるぐると考えてると朝練を終えた智也が教室に入って来た。あちこちから掛かる挨拶に軽く応えながらこっちに向かってくる智也。
俺の方にチラッと視線を寄越してから前の席に座る。いつもならHRまで他愛ない馬鹿話を交わしあうのに、意識し過ぎて何を話していいかもわからない。
今までこんな事は一度もなかったのに…。
「おい、哲平…」
智也の問いかけに肩がビクッと揺れる。なんで動揺してるんだよ俺!
「あ…、な、何?」
不自然すぎる俺の態度。
「いや…、課題やってきたのか?」
「か、課題?あ、ああ。やってるやってる!」
「へえ、珍しいな」
「そりゃ、いつまでも智也に甘えてばかりいられないからな。こっ、これからは自分で頑張る事にしたんだ!」
「………」
「ほら、智也も部活忙しいだろうしさ。いつまでも迷惑かけらんないじゃん」
せっかく智也の方から話し掛けてきてくれたのに、俺はまた距離を置くような言い方をしちまった。
そんな俺の態度に何か言いたげな智也だったけど、俺はそれを見ない振りをした――。
「尚、課題見せてくれ〜」
「はぁ?やってきたんでしょ、さっき浜崎にそう言ってたじゃん」
「げっ!聞いていたのかよ」
「てっぺーにしては珍しいと思ったらやっぱりねぇ…」
「…そんなしみじみと呆れるなよ」
「でもまた、いきなりどういった心境の変化があったわけ?」
「どういうって…」
「てっぺーが、なんでいきなり浜崎離れし始めたのかわからないけどさぁ。それって、浜崎は納得してるの?」
「智也離れって…、俺は幼児かよ」
「そんな事言ってないでしょ。でも、喜ぶ奴はいるかもね」
「どういう意味だ?」
「ホラ、てっぺーが浜崎に引っ付いて、迷惑掛けてるとかって思ってる連中とかがさ」
同じ中学だった尚の言う、連中って奴はすぐに思い当たる。
それはガキの頃からよくあった事で人気者の智也に平凡な俺が幼馴染みってだけで、いつも傍にいる事が気に入らない奴は必ずいて、ちょっとした嫌がらせをされたり嫌味を言われたりした事は結構あった。
智也に構われない腹いせに、そんな事をしてくる奴等を気にして智也から離れる筋合いなんてないからそういった手合いは完全に無視したけどな。
智也と仲良くなりたいのなら俺にそんな事をするんじゃなくて、智也本人にちゃんと正面から向かうべきだと思っていたからだ。
「でも確かに俺、智也に甘え過ぎてたかもなぁ…」
「まあそれは否定しないけど、浜崎だってやりたいからやってた事でしょ」
「うん…でも智也って責任感が強いヤツだからさあ」
「駄目な幼馴染みをほっとけない父性愛みたいなものかもね」
「ちょっとはオブラートに包んだ言い方してくれよ…」
「でも、浜崎とぎこちなくなってるのは、てっぺーの自立と関係あるんでしょ」
中学から俺達を知ってる尚にはお見通しかあ。
「やっぱさぁ…、いつまでも智也に頼ってばかりじゃ駄目なんじゃないかって思ってさ」
「ふうん、そう言う心境の変化がてっぺーの中で起こった訳ね。でも、その事を浜崎にはちゃんと話したの?今まで当り前に甘えてたのに、何も言わないで止めようとすれば、浜崎は傷つくんじゃないかなぁ」
「智也が傷つく…?」
「僕だったら、寂しいって思う。ましててっぺーと浜崎の仲なら余計にね」
「うん…」
「まぁでも、課題は自力で頑張るべきだよね」
甘えは身の為にならないと言うポリシーでニッコリ笑って課題を写させてはくれませんでした…。
尚の薄情者〜っ!
課題を忘れたペナルティで補習のプリントをたんまり出された俺は放課後の教室で一人格闘中。甘えを許さない尚さんは当然さっさと先に帰っちゃいましたとも。
全然終わらないプリントになけなしのヤル気が失せていく…。思わず机に突っ伏してると教室の扉が開く音がした。先生が見回りに来たと思ってあわてて姿勢を正す。
だが教室に人が入ってくる気配はなく、不審に思い扉の方へ視線をやるとそこには智也が立っていた。まだ部活中のはずの智也がなんでここに?
忘れ物でも取りに来たのかと考えてた俺は今の自分の状況を思い出して狼狽える。やってきたと言った課題を提出出来ずに補習をくらっている今の状況を…。
…や…やべぇ…。
「なんで、補習受けてんの?」
「あ、や…その…」
「課題は自分でやったって哲平、言ったよね」
「…や、やったさ!ちゃんと。ただ家に忘れて来ちまってさ…」
必死で誤魔化そうとする俺。でも智也相手に通じるハズもない。
「…なぁ、哲平。俺なんかしたか?なんで最近俺の事を避けてるんだよ」
「いや…避けてなんて…」
「じゃあ何でいきなり俺から離れようとしてんだよ!」
「それは、その…」
激昂する智也に驚く。
尚が言ってたように俺の自分勝手な行動が智也を傷付けてしまったのかも知れなかった…。
智也が一足先に大人になって行くのが寂しくなった俺は、結局智也の気持ちなんて全然考えていなかったんだ。
「…ごめん」
「理由を話して。俺を避けてたのはなんで?」
まっすぐ俺を見て聞いてくる智也に、誤魔化しは出来ないと諦める。
「…今更だけど…、いつまでも智也に甘えて寄りかかってたら、駄目なんじゃないかって思ったんだよ…」
「それで、朝も自分で起きたり?」
「だってさ…いくら生まれた時からの幼なじみでも、いつかは別々の道を歩くワケじゃん。今みたいに智也に頼りっ放しじゃ、そのいつかが来たとき俺は自分一人で何も出来ないヤツになっちまうよ」
「………」
「それに俺、智也の負担にはなりたくない」
「なんで、負担だなんて哲平が思うの?それを決めるのは俺だろう」
「でもっ」
「俺は哲平の面倒を見るのを、負担に思った事なんてないよ」
「…ホント?」
「ああ、本当だ」
きっぱりと言い切る智也に嬉しさが込み上げる。
「へへ…、ありがと智也」
「それで補習のプリントは終わったのか?」
「う…、いやまだ全然…」
「ほら、座れ。さっさと終わらせるぞ」
「…え、でも智也部活は?」
「今日はもう終わったから」
「ホントに?助かった!…って、駄目だ!自分でやんなきゃ」
「今までかかって一枚も終わってないのにか?」
「うっ…」
「いいから貸せって」
「じゃ、じゃあ自分でも頑張るから教えて」
「…ああ」
さっきまでのピリピリした空気が嘘みたいにいつも通りに話せる事が嬉しくって。
だからこの時、本当は智也に無理をさせていたなんて俺は気付きもしなかった―――。
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