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第3話

「ねえ君、大野哲平くんだよね?」  声を掛けられて振り向くと、そこにいたのはあの朝練の時に見たサッカー部マネージャーの可愛い先輩だった。  サラサラの長い黒髪に、ぱっちりとした二重瞼の大きな目、とおった鼻筋にぽってりとした唇。この間は遠くからでわからなかったけど間近で見ると噂されるだけはある美少女だ。  そんな女子マネの先輩が、なんの関わりもない俺を何故呼び止めたのか。 「私、西尾(にしお)あかりって言います。先月からサッカー部のマネージャーをやってるの」 「知ってます。その先輩が俺に何の用ですか?」  訝しんでいる俺に先輩ははっきりとした口調で告げる。 「手短に言うわね。あまり浜崎君に面倒を掛けないでやってくれない?」  は…?何言ってんだ、この人。 「もうすぐ県大会の予選が始まるのは知ってるでしょう?浜崎君のおかげで、今年は結構いいところまで行けそうなのよ」  大会が始まるのは勿論知っている。それに向けて智也が頑張っている事も。 「なのに君が浜崎君に色々面倒ばかり掛けるせいで、練習の邪魔になってるのよね」 「な…っ!俺がいつ練習の邪魔をしたよっ!」 「呆れた。自覚もないの?君、この間も練習試合サボらせて補習の手伝いさせたそうじゃない」  練習試合だって…?そんな事、あいつ一言も…。 「俺から頼んだんじゃない…智也が…」 「浜崎君の負担になっていながら、そんな事を言うなんて最低ね!浜崎君が優しいからって、ただの幼馴染みってだけで甘えすぎなんじゃない?とにかく浜崎君の邪魔だけはしないでちょうだい」  言いたい事を言うと西尾先輩はいなくなったけれど、一人残された俺はその場でずっと立ち竦んでいた……。  西尾先輩に言われた言葉が頭の中で繰り返される。  たとえ練習試合でもエースである智也が試合を途中で抜けるなんて、あっちゃいけない事だ。ましてやそれが俺の補習を手伝う為だなんて…。  西尾先輩が言った通り知らなかったとは言え、俺が智也の邪魔をしたのは確かだ。俺が智也を避けたりしないで、ちゃんと課題を写させて貰っていれば補習を手伝わせずに済んだ。  いや、もともといつもちゃんと自分で課題をやっていれば智也だって余計な心配をせずにサッカーに打ち込めてたんだ。  悔しいけど、西尾先輩の言った事は正しい。  負担になりたくないと思っていたのに、俺は結局智也を傷つけたうえに邪魔をして。  こんなんじゃ、俺、智也の傍にいる資格なんてないよな……。  そして俺は、本格的に智也離れをする事を決心した。もう一切智也には甘えない迷惑を掛けない。俺に出来るのはこれくらいしかないと思ったから…。  サッカー部は智也の期待に応える活躍で、順調に地区予選を勝ち上がっているらしい。多分地区大会優勝は間違いない。県大会に進む事になれば、サッカー部始まって以来の快挙だとクラスの奴らも智也を囲んで盛り上がっている。俺はそんな様子を遠目から見ていた。  あれから智也とは普段通りにしている。けれど、前みたいに智也に甘える事はしなくなった。  自分の事は自分でやる。そんな当り前の事が酷く寂しい。俺は今までどれだけ智也に甘えて生きてきたんだろう。 「最近、あんまり浜崎と一緒にいないね」  昼休み、弁当を食べながら尚が話し掛けてきた。智也はサッカー部のミーティングでいない。 「そうか?」 「なんかあったの?」 「…別になんもねえよ」 「…何もないって顔じゃないけとね。また浜崎絡みって顔に書いてあるよ」 「なんもないったら!尚、しつこいよ」 「はいはい、じゃあ次の試合の応援には行けるよね?」 「…応援?」 「今度の日曜、地区予選の決勝。クラスの皆も見に行くみたいだし、行くでしょ?」  西尾先輩の顔が浮かんできて返事に戸惑う。 「ねえ、なんかあったならちゃんと浜崎に言いなよ」 「…智也は、関係ないんだ。日曜だろ?ちゃんと行くよ」  俺はこれ以上尚に聞かれたくなくて強引に話を終わらせた。  決勝の相手は去年の優勝校とあってかなりの苦戦を強いられたが、智也が相手DFを一人で抜き去り上げた先制点が決め手となり我が校は優勝を果たした。  優勝の立役者である智也はまぎれもなくヒーローだ。 「やっぱカッコいいな…」  選手達が応援のお礼を言いに観客席に走ってきた。俺を見つけた智也が嬉しそうに声を掛けてくる。 「哲平!来てくれてたんだ」 「優勝おめでとう!智也」 「ともくーん!格好良かったわよっ、おばさん惚れ直しちゃったあ」 「ちょっ、お袋なに恥ずかしいこと言ってんだよ!」 「おばさんも来てくれてたんですね、ありがとう」  智也の屈託のない笑顔に、お袋だけじゃなく客席の女どもも黄色い声を上げまくって煩い。 「今日はご馳走よっ!おばさん腕を振るっちゃうわ〜。楽しみにしててねっ」 「はいっ、ありがとうございます。じゃあ後でな、哲平」 「おう…」 チームメイトに呼ばれて戻って行く智也。  今まで弱小サッカー部は大抵一回戦負けでミーティングもなく解散してたから、いつも試合の後は智也を待って一緒に家に帰ってたけど、さすがに今日は打ち上げとかあるんじゃないのかな…。  いつも通りに智也を待つべきか迷ったものの、また後でと言った智也に何も言わず帰るのはここ最近の事を考えると出来なかった。  スタジアムの出入口近くのベンチに腰を下ろして、携帯を弄りながら智也を待っていると俺の方に人影が近づいて来るのが見えた。  長い髪を風になびかせて歩いて来るのは西尾先輩だ。俺はなんとなく嫌な感じがした。 「浜崎君なら来ないわよ」 「…智也が先輩にそう言って来るように頼んだんですか?」  そう言った俺に先輩は憎々しげに言い返す。 「君も空気読まない子よねえ。今日の浜崎君の活躍を見たでしょ?サッカー部だけじゃない、浜崎君は学校中の…ううん、これから全国的にだってきっと有名になるわ」 「それが…?」 「ホントに鈍い子ね、君。わかんないの?君と浜崎君じゃ住む世界が違うのよ」  だから何だよ…、思わず拳を握り締める。 「今迄はたまたま家が隣同士で、君のお母さんにもお世話になってる手前、君にも優しくしなきゃいけなかったんだろうけど、これからは浜崎君には君とは全然違う世界が待ってるんだから、いい加減自分がどうしなきゃいけないかわかんない?」 「…智也から離れろって事…?」 「ここまで言われてやっと気付くなんてホンっト鈍い子。流石はコバンザメって言われるだけあるよね」  今迄ならこういうのは全部無視して来た。  智也と俺の関係性をただのやっかみとかで壊したがる奴らを相手にしたって、仕方ないと思っていたからだ。けれど今は嫌がらせをして来た連中の気持ちが少しわかる気がしていた。  俺と智也は幼馴染みなんだから、智也に甘えるのは当然だみたいに俺は無意識に思っていたんだと思う。そんなしたり顔でいつも隣にいた俺に、周りの奴らが腹を立てていたのは考えてみれば当たり前の事だったのかも知れない。  もし俺と智也がただのクラスメイトだったらなら、格好良く勉強もスポーツも出来る周りからも一目置かれる智也とはきっと何の接点も持てなかったはずだ。  幼馴染みってだけで、憧れの人の一番近くにいる奴にいい感情なんて抱けるはずはない。  俺はこのまま智也の傍にいてもいいんだろうか…。  俺の事を負担だなんて思ってないって言ってくれた智也。でもこのままなら俺はいつか必要じゃなくなるだろう。  智也みたいな特別な人間に俺が幼馴染みってだけの理由でいつまでもくっついていられはしないんだ…。  西尾先輩みたいに智也の隣にいたがる人間はこれから先もずっと現れるはず。  ずっとずっと一緒にいた。一緒にいるのが当たり前すぎた俺と智也。  俺がこれからも智也の傍にいる事があいつの為にならないとするのなら。  ――俺は智也の傍を離れるべきなのかも知れない。

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