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第7話 パンツを履いてくれ

   しばらく仕事に集中していたのだが、ふと、もしティルナータがふらふら外に出ていたらどうしよう……ってなことが不安になって、俺はバイトが終わるや否や大急ぎで帰り支度をした。  テレビにさえ驚いていたティルナータが、道路をびゅんびゅん走る車を見たら、どうなる。  走り去る風圧だけで人を吹っ飛ばしてしまうかのような大型トラックを見たら、コンクリートで固められた地面を見たら、見ず知らずの大人に声でもかけられてさらわれそうになったら……? きっと彼は仰天し、相当怖い思いをしてしまうんじゃないだろうか。いくらあっちの世界でいろいろ人生経験を積んでいるのかもしれないけど、それって現代日本で通用するもんばかりじゃないだろうし……。  ティルナータがアスファルトの上で真っ青になり、カチンカチンに固まっている絵を想像すると、さぁあと全身から血の気が引いていくような気がして……。  そんなわけで、俺は速攻で帰宅してきたわけだが、バターンとドアを開け放つと、ティルナータは炊飯器を抱えて、映画に夢中になっていた。……やれやれ……派手に取り越し苦労したぜ……。 「おお、ユウマ、おかえり。待っていたぞ」 「お、おう……。ただいま」  けど、俺に気付いて表情を明るくするティルナータは、すごく可愛くて、ほっこりした。今までこんな風に、俺の帰りを待っていてくれる人がこの家にいたことなんてなかったもんな。茶色い毛布にくるまって目をキラキラさせ、俺を見上げてるティルナータのことが無性にいじらしく思えて、むず痒い気持ちになった。  俺はにやにやと照れ笑いをしそうになるのをぐっとこらえて、靴を脱いでティルナータのそばへ歩み寄る。そして、テレビを覗き込むと……。 『愛しているんだ……!! だから、もう君を離さないよ……!!』 『嬉しいわロビンソン……!! あなたをずっと待っていたの……!! 私を一人にしないでちょうだい  !!』 「ううっ……」  何を見ているのかと思ったら、意外なことに甘いラブロマンスもの。しかも涙ぐみながら観てる……。  セリフ分かるのかな……まぁ、映像だけでも伝わってくるか……すげぇな、役者って……つうか俺の帰宅を喜んで目をキラキラさせてたんじゃなくて、映画に感動して涙目だっただけなわけね……。この子、何かにつけて俺を激しく落胆させてくるね……。  ちなみに映画の内容は、見目麗しいハリウッドスターたちが、おしゃれなオフィスでスタイリッシュに恋愛するという、よくあるタイプの恋愛映画だ。これは俺が買ったわけじゃない。「これでも見て恋愛を勉強しなさい」と言って、田舎の母親が送りつけてきたものだ。  両親は俺の性的指向を知らない。母の中で俺は、ただの『恋人ができない哀れな息子』だ。  いい意味でごくごく普通の人生を歩んできた俺の両親が、一人息子がゲイだと知ったら一体どんな反応を示すんだろう……ってなことを考え出すと気が滅入るので考えないようにしているが、どう転んでも俺は親に孫の顔を見せてやることのできない親不孝ものだ。  俺の夢を応援し続けてくれた両親の事は大好きだから、彼らの喜ぶ顔が見たい。でも先のことを考えると、どうしても気が重くなる。  カラーボックスの奥底に押し込んでいた”普通の”恋愛映画を眺めてぼんやりしていると、ティルナータが俺のジーパンを引っ張った。はっとして下を見ると、ティルナータは空っぽになった炊飯器をそっと俺に差し出して、「同じものを頼む」と言ってきた。……なるほど、さすが騎士……どこにいても腹が減るんだな、肝が座ってるぜ……。 「食いすぎなんだよお前は!! いいからもうシャワー浴びて、服着替えてこい!! 出かけるから!!」 「な、何を怒っているのだ。……しゃわーとはなんだ?」 「え!? ええと……水浴びだよ。ん? いやお湯を浴びるから……お湯浴びかな」 「ほう、ちょうどよかった。王都を離れて長かったからな、しばらく身を清めていなかったのだ。助かる」 「お、おう、そうか……。ちょっと待てここで脱ぐな!!」  男らしく服を脱ぎ捨てようとするティルナータの服を引っ張ってバスルームに押し込める。どうしてこいつは無防備に脱ぎたがるんだ!!   とりあえずシャワーの使い方を教えて、俺の服を渡し、米を炊きながらティルナータの身支度を待つ。その間、朝うっかり見てしまった、ティルナータの裸体(背中と尻だけだけど)をまたまた思い出してしまい、ちょっとドキドキしそうになって慌てた。  ティルナータは、ものすごくきれいだ。パッと見ただけだけど、身体のラインも素晴らしくきれいだった。作り物めいて見えるほどに完璧に整った美しい顔立ち、しなやかな肉体……それはすごく俺好みなのだが、いかんせんティルナータは素性がよく分からない不審人物な上にすこぶる色気がないので、さほどムラムラするという危険な事態には陥っていない……今の所。  でも、数日……いや、もっと長期間にわたるかもしれないが、ティルナータとこの家で寝泊まりしていて、俺は大丈夫なのだろうか。そりゃもちろん今夜からティルナータには客人用の布団で寝てもらうつもりだけど、今日みたいに素っ裸でまた布団に潜り込まれた日にゃ、俺……俺……。 「ふーっ……いかんいかんいかん。落ち着け俺。あの子はまだ子どもだ、ガキだ、不審者だ。そんなことあるわけない。それに俺には……」  ……立石さんがいる……と思いかけて、自分の緩い思考にほとほと呆れた。あの人は俺の恋人じゃない、ただのセフレだ。いや、セフレとして認めてもらえているかどうかすらあやしいのに……。  でも俺は、完全にあの人の魅力にやられている。期待させられて、突き落とされて、傷ついたところをまた優しくされて……気づけばあの人の色香にがんじがらめにされて、身動きが取れなくなっている。  普通の恋愛もできない。かといって、きちんとしたパートナーを見つけることすらできていない。宙ぶらりんに弄ばれて、前にも後ろにも進めなくて……ほんっと、なさけねーなぁ、俺……。  炊飯スイッチを押しながら重い溜息をついていると、背後に人の気配がした。 「できたぞ」 「おお、早かっ、た……な」  振り返ってみて、俺はまたしばし呆然とティルナータを見つめた。  ――……か、かわいい……。  ぶかぶかの白Tシャツに大きめの深緑色のカーディガン、てろんとしたジーパンは裾を軽く踏んでいて……とりあえず、すべてのサイズが彼には合っていない。俺は身長175㎝で、肩幅もそこそこにあるからLサイズの服を選ぶことが多いのだが、ティルナータは見たところ身長170㎝に達していないようだし、身体の線も細いから、現代の規格でいうならSサイズといったところだろう。 「ニホンの服は実に着心地がいい。なんと優しい肌触り……そしていい香り……」  物珍しげに自らの格好を見下ろしつつ、セーターの袖口にスリスリと頰ずりしているティルナータの姿は……すごく、すごく可愛かった。セーターの袖からは白い指先だけが覗いていて儚げだし、広く空いた襟ぐりから無防備に覗く白い鎖骨や、そこを彩る金色の細い鎖は素晴らしくきれいだった。  ティルナータは少し水気を含んだ金色の髪を煩わしげにひとまとめにして、左肩の方へさらりと流した。すると、つるんとした首筋が露わになって、それがまた色っぽく……。  ――……あ、やば。色気感じた。俺今、この子に色気感じちゃったんですけど……。どうしよ、やべえ。すっげかわいい……。  と、無言でティルナータの姿に見惚れていたのだが、彼は怪訝な表情で、すっと俺の方に何かを差し出して見せた。 「ねぇユウマ。これは一体どこに装着すればよいのだ?」 「え? ……え、ええ!? し、下、履いてないのか!?」 「下? 履いているじゃないか、ちゃんと。この上から履けばいいのか?」 「違う違う! それはズボンの下に履くもんだよ!! 違う! かぶるもんでもない!!」 「?」  ティルナータはさも不思議そうな顔で、俺の濃紺ボクサーパンツを弄んでいる。  どうやら、彼のいた異世界ではノーパンが当たり前らしい。
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