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第8話 ティルナータ、ショッピングモールへ行く
「うわ、ああ……何だこれは、何なんだこれは……!? 何故これは勝手に走る……!? ハッ……これもユウマの魔術なのか……!?」
「落ち着けって。これは車っていうんだ。エンジンっていうのが付いてて、それでタイヤを回して……」
「くるま? 荷車ならばエルフォリアにもあったが……あれは牛に引かせて走らせるものだったぞ」
「牛? ……あ、うん、昔はこの国でもそんなことしてたんだけど、」
「エルフォリアも魔術に関しては相当長けている国だと思っていたが……ニホンには敵わぬな……くッ……己の視界の狭さに呆れ果てる」
「いやだからこれは魔術じゃなくて……まぁいいか」
実家暮らしの淡島に車を借りて、俺はティルナータと共に近場のショッピングモールへと出かけることにした。
ショッピングモールなら日用品から衣類から食料品まで全てが揃うし、今晩予定している淡島のオカルト好きな友人との会食も、ついでにここで行なうことになっているからだ。
そんなわけで、ティルナータを助手席に乗っけて、ショッピングモールまで十分程度のドライブ。ティルナータはずっとキョロキョロしながらブツブツ小難しいことをつぶやいていたけど、目はキラキラ輝いていた。きっと、目に映るもの全てが物珍しかったんだろう。
そして到着したショップングモールに足を踏み入れるや、ティルナータは「ふわぁあ!」と感嘆の溜息を漏らしていた。
そう、時はクリスマス。エントランスホールにはでかでかとしたクリスマスツリーが飾ってあり、店内の装飾もいつも以上に華やか。そしてモール内には家族連れが溢れていて、いつも以上に混雑している。
一歩店内に足を踏み入れた瞬間から、ティルナータはそこいらじゅうのお客さん達の視線を吸い寄せまくっていた。そりゃそうだろう。日本の片隅のショッピングモールに、金髪赤眼の外国人がいるってだけでも珍しいのに、ティルナータはモデル顔負けの美少年だ。目立たないわけがない。
大騒ぎになるのを恐れた俺は、ティルナータに羽織らせていたモッズコートのフードをかぶせて、目立ちすぎる外見を隠した。
ぶかぶかでちぐはぐな格好をしていても……いや、そんな格好だからこそか、ティルナータは絶妙に隙だらけな感じがして、とてもかわいかった。キョロキョロと周りを見回して、ちゃんと前を見ていないから時折俺にぶつかりながら、ティルナータはおかなびっくりモール内を歩いている。
「ユウマ、ここはニホンの王都なのか? ここがニホンの王のおわす王宮か?」
「へっ? 王宮? いやいや、ここはただのショッピングモール……じゃ分かんないか、ええとー、そうだ、市場だ、市場みたいなもんだ!」
「市場……!? こんなにも巨大で、絢爛豪華な装飾が施されているのにか……!?」
「まぁ確かにここは日本の首都の端っこだけど、王宮はもっと遠くにあるんだ。今日はここで買い物だ」
「ほう、ほう……」
てか、日本の王宮ってなんだろ。東京都庁か? それとも皇居か? ……うーん、よく分かんねーけど、とりあえずティルナータはそれで納得したらしい。キョロキョロしながら、モール内を歩き始めた。
「この楽しげな音楽はどこから聞こえるのだ? 音楽隊の姿は見当たらんな」
「そこのスピーカーから流れてるんだよ」
「すぴーかー? ほう、音を増幅させる何かか」
「お、おう。そんなもんだ」
ティルナータはそこここにあるものすべてが物珍しいようだ。「あれは何だ」「どういう仕組みだ」と一歩歩くごとに質問され……うう、疲れる。俺もそんなにメカに詳しいわけじゃねーんだよ。
そしてようやくたどり着いたファッションフロア。俺の通いつけの店に入って、ティルナータを手招きした。
俺は特にこれといって、ファッションにこだわりがあるわけじゃない。そこはかとなく無難で、気が向けば流行りものっぽいデザインのアイテムも手に入り、値段も手頃で……という理由でその店が気に入り、そこにばかり行くようになり、いつしかこの店の常連さん。
常連になると、店員さんが俺のこと覚えてくれて、適当に服を見繕ってくれたりするようになってきた。それはすごく楽だし、自分じゃ選ばないものを出してきてくれたりするから、すごく助かるんだけどね。
「いらっしゃいませ〜」
「あ、こんにちは」
と、早速馴染みの店員さん・ユカさんがやって来た。彼女は見た目は若いが三十八歳子持ちで、すごくサバサバした性格をしてる。俺は女の人が苦手だけど、この人はすごく付き合いやすい。
「久しぶりですねぇ〜! どうせまた同じもんばっか着てたんでしょー?」
「え、ええ、まぁ、そんな感じっすね。でも今日は俺の買い物じゃなくて……」
「ん? 何? お連れさん?」
俺の背後にいるティルナータに気づいたユカさんの目が、まん丸になった。パチパチパチパチと凄まじいスピードで瞬きしている。
「う、うわわわ……え!? なにこの子、時田さんのお友達!? す、すごっ……すっご……」
「え、えーと、まぁ……た、たまたま預かることになったロシア人……みたいな」
「ロシアの人なんだぁ!! へぇ〜〜どうりで、妖精みたい……!! うひゃぁ〜!!」
何がどうりでなのかは分からないが、ユカさんは目をキラッキラッに輝かせてティルナータを見つめている。ティルナータはいというと、きょとんとした顔をして「この女は誰だ?」と首を傾げた。
「この子、しばらく日本に滞在することになったんだけど、全然服持ってきてなかったから買い足そうと思って。あの、なにか適当に、」
「うん!! うん!! 私に任せて!! さぁ奥へどうぞ!!」
ユカさんはむんずとティルナータの腕を掴み、鼻息も荒く店の奥へ連れて行こうとした。すると意外なことに、ティルナータはさっと俺の腕を掴んで、怯えたように俺の背後に隠れようとしている。
「な、何なんだこの女は? ユウマは僕をこの女に売り飛ばすつもりなのか?」
「え!? ち、ちがうよ! この人はティルナータに服を選んでくれる人だから。ほら、俺待ってるからさ、行ってこいよ」
「こ、この女の目つき、まるで獣だ……。何と禍々しい気を発する女だろう……! ユウマ、危険だ。僕から離れるな。ずっと僕のそばにいろ!」
「ぐ」
と、男らしいことを言いつつも、ティルナータの手はぎゅううと心細そうに俺の腕を掴んでいる。……怯えてるな、こりゃ。
まぁ確かに、ユカさんはいまにもティルナータにむしゃぶりつきたいっていうくらい興奮した面持ちだ。確かに怖い。うん、俺は女性にこんな反応されたことないけど、こんな顔で迫られたら超絶怖いだろうな……。
馬鹿力で俺の腕に縋っているティルナータの手に手を伸ばし、安心させるようにぽんぽんと叩いた。ってか痛い。腕痛い。どんな握力してんだこの子!!
「分かったよ。一緒に行こう」
俺がそう言うと、ティルナータはフードの下から大きな目を潤ませて、俺を見上げた。そしてホッとしたようにため息をつき、「ならば良 い……」と呟く。
そしてティルナータは小一時間、ユカさんの着せ替え人形にされたのだった。
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