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第37話 12月31日、夜
すっかり日が落ちて、部屋が暗くなった。
俺とティルナータはぴったりと身体を寄せ合ってベッドに入ったまま、ぼんやりと暗がりを見上げていた。
腕の中には、うとうとと微睡むティルナータがいる。
あったかくて、ふわふわで、幸せで……俺はぎゅっとティルナータを抱きしめて、髪の毛の香りを吸い込んだ。
なんて長いまつ毛なんだろう。けぶるような金色は、玉のような白い肌によく似合う。少しもつれた金色の髪に指を通しながら、俺はしばしティルナータの寝顔に見惚れていた。
こうして無防備な表情を見せるティルナータの姿は、まさに天使だ。本当は騎士だし、もうすぐ王様になるようなすごいやつだけど、こうして年相応の素顔を晒すティルナータは、天使のように愛らしい。
見つめているだけでは物足りなくて、俺は思わずティルナータのひたいにキスをしていた。ひたいだけじゃなく、まぶたや鼻先、頬にも、たくさん。
「……う……ん」
セックスを重ねるたび、ティルナータはどんどん快楽に対して素直になり、妖艶に腰を振るようになった。俺の下であられもなく乱れることもあれば、自ら騎乗位になって腰を振る場面もあった。
俺を見下ろす表情は気高くて、美しくて……でも、俺が下から腰を突き上げると、ティルナータは腰や背中をしなやかにしならせて、天を仰ぎながら淫らに鳴いた。
一度中でイくことを覚えたティルナータの身体は、抱けば抱くほどいやらしくなった。底抜けの快感に脳が痺れて、俺もひたすらにティルナータに腰をぶつけて、飢えた獣みたいにティルナータを貪った。
後ろから激しくティルナータを犯したり、対面座位でイチャイチャしながら甘いセリフを囁き合ったりするのも最高だったけど、やっぱり正常位が一番いい。脚を開かされ、あられもない格好をさせられて、細い腰を振りながら俺のペニスをうまそうに飲み込むティルナータの痴態。それをじっくり堪能しながら、幼さの残る肉体を激しく穿つ。
反り返ったペニスから滴る体液を指ですくって、ツンと尖った乳首をいじめてやると、ティルナータはひときわかわいい声で喘いでくれる。中は熱くとろけて、締まって、ひくひくしながら俺を飲み込んで……。俺はすっかり、ティルナータから与えられる素晴らしい快感の虜だった。
そうして狂ったように抱き合ううち、約束の時間がすぐそこまで迫っていた。
腕を持ち上げて時計を見ると、時刻は十九時。
シュリからは、「二十三時きっかりに迎えに行く」と言われてるから、そろそろ支度をしなきゃいけない。
起きて、シャワーを浴びて、何かティルナータに食べさせて、着替えをして……っていう段取りを頭の中で組み立てていると、もぞりとティルナータが俺の胸に顔をくっつけてきた。
「……ティル」
「ん……」
「そろそろ、起きなきゃな」
「うん……」
「なんか食わなきゃな。何がいい?」
「……何もいらない」
「だめだよ、空腹のままじゃ」
「……」
別れが、近い。
こんな気分の中、空腹のままでいたらだめな気がする。俺はティルナータの肩をぎゅっと抱き寄せ、頭のてっぺんにキスをした。するとティルナータも、さらに自分から身を寄せて、ぴったりとくっついてくる。
「……ユウマ」
「……ん?」
「この数日間の思い出があれば、僕は、一生強く生きていけるような気がする」
「そう、か」
「短い間だったが、世話になった。本当に、ありがとう」
「……ううん。俺こそ、ありがとうな」
ティルナータはそう言って顔を上げると、目にいっぱい涙を溜めて、微笑んだ。そのあまりに切ない笑顔に、胸がきつく締め付けられる。俺はもう一度ティルナータを強く抱きしめて、何度もなんども、愛の言葉を呟いた。
しばらくして、ティルナータは何かを振り切るように大きなため息をつくと、むくりと俺の腕の中から起き上がった。
俺もつられて身を起こし、薄暗い部屋の中でティルナータと向かい合う。
「ユウマに、これを」
「……え? これ……」
ティルナータが俺の首にかけたのは、いつも肌身離さずティルナータが身につけていたペンダントだった。最終手段の破壊魔法の仕込まれた首飾り。戦士の証だ。
「僕にはもう、必要のないものだから」
「え……?」
「僕は国王になるんだ。どんな敵に追い詰められようとも、自害を選択することなんて、できないよ」
「……あ、そっか。そうだよな」
「必ず勝って、エルフォリアを取り戻す。僕らのふるさとなんだ。必ず、かつてのような平和と豊かな日々を、取り戻す」
「ティル……」
ティルナータは決然とした口調でそう言い切ると、俺を見つめて微笑んだ。赤い双眸は涙に濡れているが、その表情にはもう、不安や迷いは見当たらなかった。俺は首にかけられたペンダントをぎゅっと握りしめ、ティルナータを見つめながら深く頷いた。
「信じてる。……お前の勝利を」
「当然だ」
「あーあ……俺も一緒に、戦いたかったなぁ」
「リオ様ならばとにかく、ユウマは職人だろう。戦場で役に立つとは思えんな」
「ええっ!? ひでー言い草だな」
「ははっ」
俺が間の抜けた声を出すと、ティルナータは声を立てて笑った。するとその拍子に、すうっと一筋の涙がティルナータの頬を滑り落ち、ティルの手を握る俺の手の甲の上に、ポタリと落ちた。
「……ユウマ……」
「うん……」
「鍋焼きうどんが、食べたいな」
「……うん、わかった。腹減ったな」
「うん。……なぁ、ユウマ」
「ん?」
ティルナータは俺の手をじっと見つめて、しばらくじっと押し黙っていた。涙をこらえているのだろうか、唇はきつく引き結ばれたままだ。もう一度抱きしめようと身じろぎしたら、ティルナータは俺の手から逃れるようにすっと立ち上がった。そして、すたすたと一人でバスルームの方へと向かって歩き出す。
「……湯を浴びてくる」
「あ、うん……」
「僕の衣と鎧を、出しておいてくれないか」
「……わかった」
そう言い残し、ティルナータはバスルームへと消えて行った。
+ +
そして二十三時ちょうどに、インターホンが鳴った。
立ち上がってドアを開けると、黒いロングコートに身を包んだシュリが立っていた。
長い黒髪を高い場所で結っていて、この間はつけていなかったシルバーのピアスが耳たぶで光っている。コートの下はきっと、ティルナータと揃いの鎧だろう。革靴ではなく、白銀色のブーツのようなものが見えている。
「ティルナータを迎えに来た」
「……うん。すぐ行く。俺も行くけど、いいだろ」
「そう言うだろうと思っていたさ。……勝手についてこい」
シュリはそう言って、俺の背後に立つティルナータの方へ目をやった。
俺のカーキ色のモッズコートを鎧の上に羽織ったティルナータを見て、シュリはわずかに目を細める。
「……その姿、懐かしいな」
「そうか? これを着るのは一週間ぶりだ。たったのな」
「五年もお前を探していた俺にとっては、涙が出るほどに懐かしい眺めだよ。ティル」
「……そうだな」
二人の会話が、どこか遠い。俺はぼんやりとティルナータの姿を見つめた。
シュリと同じように長い髪を結い上げて、華奢な首筋を見せている。その白い首筋に何度も何度も唇を寄せたことをふと思い出して、切なくなった。俺は玄関脇に置いていた自分の黒いマフラーを取ると、ティルナータの首に巻いてやった。
「……今夜は冷えるから」
「すまないな」
ティルナータは俺を見上げて、寂しげに微笑んだ。しばらくそうして見つめ合っていると、ごほごほんと、わざとらしい咳払いが聞こえてくる。シュリが忙しげに腕時計をにらみつつ、俺たちを無言で急かしているのだ。
シュリがふんと鼻を鳴らし、先に立って歩き出す。シュリの行く先には、黒塗りのリムジンが鎮座していて、いつか給仕をしてくれた若い男が、ドアを開けて待っていた。
「……行こう、ユウマ」
「うん」
ドアを閉め、鍵をかける。
次にこのドアを開けるとき、俺はもうひとりぼっちなんだろうなと思うと、なんだかすごく悲しくなった。
でも、平和な世界でただ生きて行くだけの自分が、そんな弱音を吐いていてはいけない。ティルナータはこれから、戦場に戻るんだ。王位を継承し、若き国王として戦士たちの上に立ち、エルフォリアを守るために戦うんだ。
この数日、ティルナータがどんな想いで、決意と覚悟を決めたのか……それを想像すると、居ても立っても居られないような気分になった。前を歩くティルナータの細い背中が、なんだかとても大きなものに見えてくる。
ティルナータがアスファルトを踏むと、カシャン……と金属的な足音がした。この現代社会ではあまり聞くことのない足音が、暗い夜空に静かに響く。
ふと空を見上げると、ふわふわと雪がちらついていた。
そういえば、ティルナータが空から降って来た時も、こんなふうに粉雪が舞っていたっけ。
「ティル……雪だ」
「ゆき?」
「そう、ほら、見てみろよ。この白い、ふわふわしたの」
「……ゆき、というのか? すごくきれいだ……」
ティルナータは、そっと手のひらを持ち上げた。銀色の手甲を装備した手元に、ふわりふわりと雪が舞い降り、体温で溶けてゆく。ティルナータはその様子をじっと見つめながら、口元に微かな笑みを浮かべた。
「ゆき……か。氷の花のようだな」
「うん、そんな感じ。すげー寒い日に、空から降ってくるんだよ」
「……そうか。最後にいいものを見たよ」
手のひらで溶けた粉雪を握りしめるように、ティルナータはぎゅっと手を握った。
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