45 / 46

第44話 一年後

  「おはよう、ティル」 「ん……」  カーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。  ベッドの上でうつ伏せになり、白い背中を無防備に晒して眠っているティルナータの肩口に、俺はそっとキスをした。  しっとりと跳ね返して来る肌の弾力を楽しむように、何度もそこを啄んでいると、ティルナータはようやくもぞりと身じろぎをした。 「う……ん……」 「ティル、そろそろ起きて」 「んん……。悠真、お腹すいた……」 「はいはい、もう出来てるから、起きろってば」 「んー……」  再会の日から、一年が経った。  ティルナータは、週末ごとに俺の部屋にやって来くるようになっていた。いや、週末だけではない。時折、どうしても会いたいと言って、平日のど真ん中にやって来ることもある。だからもういっそのこと寮なんか出て、ここで同棲したらいいんじゃないかな……なんてことを俺は考え始めているところだ。  まぁ、まだ大学二年生になったばかりで授業数も多いし、ティルは大学内に入っている本屋でアルバイトもしているから、こっちに住むとなると色々と大変かもしれないし……ってことで、まだティルには言ってないけど……。こういうところで、今もヘタレの虫が顔を出すから困りものだ。  日本の生活にもすっかり慣れ、日本人の友人も増えてきたこともあってか、ティルナータの日本語の発音はさらにクリアなものになって来た。今までは俺の名を呼ぶティルナータのイントネーションには、どことなく異国の音韻が混じっていたものだが、今は美しい日本語の発音で『悠真』と呼んでくれる。それがなんだか寂しいような、嬉しいような、不思議な気分だ。 「わぁ……美味しそう。何これ」 「ホットサンド。ハムたっぷり挟んどいたから、しっかり食えよ。はい、コーヒーも」 「うわぁ、ありがとう」  俺のぶかぶか長袖Tシャツをパジャマがわりにしたティルナータが、もぞもぞと布団から出て来てローテーブルの前に座り込む。膝上十五センチというすばらしい着丈のシャツから覗く太ももが色っぽくて、俺はコーヒーをカップに注ぎつつも、ついついティルの生足をガン見してしまった。  昨夜もあそこにたくさんキスをした。ちらちらと見え隠れする赤い痣のせいで、もうすぐ出かける時間だというのに、体がむらむらと変な熱をたぎらせ始めて……。 「美味しい! 悠真、すごく美味しいよ」 「う、そ、そうか、うん、よかった」  もぐもぐとホットサンドを頬張りながら目を輝かせているティルナータは、なんていうかまさに天使。ティルナータの清らかな笑みを見ていると、いやらしいことばかり考えてしまう自分の卑しさが恨めしくなってしまう……。  跳ねやすい長さの髪の毛は、今日もあちこちくしゃっと乱れている。俺は片手でホットサンドを食べながら、もう片方の手を伸ばしてティルナータの髪の毛を撫でてやった。ティルナータは口の端にマヨネーズをくっつけながら俺を見て、にっこり明るい笑顔を見せる。  照れ臭さのあまりにやけそうになる顔を隠すために、俺はティルナータに顔を近づけて、ぺろりとマヨネーズを舐めとった。  ティルナータは、俺の作るものはなんでも「美味しい美味しい」と言って、たくさん食べてくれる。今日だってトーストにハムとレタスとトマトを挟んでみただけなのに、ティルナータは心底うまそうな表情を浮かべながら、ぺろりとサンドイッチを平らげた。ロシアにいた頃、何を食べても味がしないって言ってたのが嘘みたいに、ティルナータはよく食べた。それこそ、七年前のティルナータと同じくらい。 「悠真の料理は、いつも美味しいな」 「そ、そうか? 簡単なもんばっかだけど……」 「ううん、美味いよ。僕は幸せだ」 「へ、えへへっ、そうかなぁ」 と、結局朝からデレデレしていると、スマートフォンが呑気なメロディーを奏で始めた。表示を見ると、淡島からのメールだ。今日はこの後、淡島とティルナータと三人で、九条の初めての個展に顔を出すことになっているのだ。  今日は個展の初日で、軽食をつまみながらの簡単なオープニングパーティをやることになっている。『昼飯代浮くと思って! 来て!! 僕一人じゃ心細いねん!! 頼む!!』と個展開催が決まった日に、速攻九条に土下座されたのだ。  個展を開きたいと言い出したのは、九条の大ファンだという老齢の蒐集家だった。  九条のトーテムポールを家に置いてからというもの、抱えていた事業が大成功を収めたとかいうあやしげな理由で、九条の芸術活動に相当の出資をしている御仁だ。俺も顔を見たことはあるけど、線の細い神経質そうなおじいさん。九条を孫のように可愛がっているらしく、滅多なことでは人を信用しない九条も、その出資者にはわりと懐いているように見えた。  ちなみに個展開催場所は、art galleryHARADA。九条は昔から、原田さんに対してやたらと畏怖の念を抱いているから、決して居心地のいい場所ではないらしい。  ということで、俺たちはオープニングパーティの準備から駆り出されることになっているのだ。幾つになっても手のかかる九条だが、ティルナータと九条は今もかなり仲良しなので、俺としても九条の手助けはしてやらねばと思うわけだ。  ティルナータが顔を洗っている間、俺は白いワイシャツに腕を通し、黒のチノパンツを履いて姿見の前に立った。四月になって、髪の毛はバッサリ切ったから、別に何をいじらなくてもまぁまぁ見れる。  クロゼットの中から淡いグレーの軽いジャケットを取り出していると、ティルナータが顔をぬぐいながらキラキラした目で俺を見ていることに気がついた。 「ん? どした?」 「いや……いつも思うんだけど、悠真はスーツとか、そういうパリッとした格好……すごくいい。普段が楽そうな格好ばかりだから、すごくかっこいいよ」 「あ……あ、ありがと。ってか俺、普段の格好そんなにひどい?」 「ひどくはないさ。若く見えていいと思うし」 「……そうか、うん、気をつけるよ……」  ティルナータはにっこり笑って、その場でするりとパジャマにしていたシャツを脱ぎ捨てた。俺の前で裸を恥じらっていた頃が嘘のように、豪快な脱ぎっぷりだ……。  濃紺のボクサーパンツ一枚になったティルナータの身体は相変わらず細いけど、以前よりも筋肉がついてきているみたいで、しなやかな背中は生唾が出そうなほどラインが綺麗だ。少しくびれた腰まわりや、引き締まった小さな尻、そこから伸びる日本人離れした長い脚もすごく色っぽくて……とにかく、朝っぱらから見せつけられて、穏やかな気持ちでいられるような身体じゃない。  ベッド下収納からもぞもぞと自分の服を取り出し、それを身につけようとしているティルナータの背後に回り、俺はぎゅっとティルナータを抱きしめた。 「ちょ……悠真、なにしてるんだ」 「俺の目の前で脱ぐほうが悪い」 「ええ? なんで、急に……っ……ン」  抱きすくめながら耳たぶを食み、舌を覗かせてちろりと耳を舐めると、ティルナータはふにゃりと脱力して、その場にへたり込みそうになった。俺はティルナータの身体を支えながら窓に手をつかせると、するりとボクサーパンツをずらしていく。 「こらっ……時間、は……っ、ぁんっ……」 「大丈夫、ティルを気持ちよくするだけ。すぐ終わらせるから」 「あっ……や、あっ……」  片手で乳首をいじりながら素直に勃ち上がるペニスを扱いてやると、ティルナータはぶるりと身体を震わせながら俯いた。うなじにキスを落とし、時折歯を立てて甘く噛んでみると、「んやっ……」と可愛い喘ぎ声が聞こえてくる。 「はっ……ぁッ、ん、ゆうまぁ……っ、昨日のじゃ、足りなかったのか……?」 「足りないよ、全然足りない。いつだってティルを抱いてたいよ。……今だって、必死で我慢してるんだ」 「ンっ……ん、っう……ん……あ」 「エロい声……かわいい。ティル……好きだよ。愛してる」 「あっ……!! ン、んっ……!!」  耳元でそう囁くと、ティルナータは背中をしならせながら身悶えた。俺の手の中にあるティルナータの屹立が一気に固さを増し、射精が近いことが伝わって来て……やばいかわいすぎて俺までイキそう。 「ゆうまっ……イくっ……イキそう……っ、ぁ、あんっ……」 「出して、俺の手に。いっぱい出して」 「ぁ、ああ、ああん、んっ……」 「昨日俺にされたこと、思い出してみて。……俺のこれで、いっぱいイってくれて、すっごくエロかったよ」 「ぁあ、あっ……んっ、ンっーー……!!」  窓に突っ張っていたティルナータの手が拳になり、しなやかな肢体びくびくっと大きく跳ねた。  白い肌はしっとりと汗で艶めき、唇からははぁはぁと荒い吐息を漏らしている。ティルナータは快楽に痺れたような表情で俺を振り返り、恨めしそうな声で呟いた。 「もう。また……シャワー、あびなきゃ……」 「あ……ごめん」 「悠真の……は?」 「俺はいいよ。夜まで我慢する」 「……だめだよ。そんな……窮屈そうなズボンで」  ティルナータはふらふらしながら俺の方を向き、その場ですっと跪いた。そして白い指で俺のベルトを緩め、俺を見上げながらズボンのジッパーをゆっくりと下げていく。 「……フェラしてくれるんだ」 「まったく、相変わらず朝からお盛んなやつだ。……でも、僕のせいでこうなったんなら、責任は取らないと」 「んっ……」  ティルナータの美しい顔の前に、反り返ったペニスがそそり立つ。清らかな顔立ちをした美少年にこんなことをさせるなんて、しかも朝っぱらから……と抑制の効かない自分の性欲に呆れながらも、俺はティルナータに身を任せた。  桜色の小さな唇に吸い込まれる、俺の怒張。ティルナータはやや苦しげに眉根を寄せながら、時折俺を上目遣いに見上げながら、いやらしい仕草でフェラチオをしてくれた。 「……っ、ん……ティル……、すげ、いい……」  柔らかな髪に指を絡めると、ティルナータは目を閉じて、さらに熱心に奉仕してくれて……もう、気持ちよすぎるしエロすぎるしでどうしていいか……。  そうして俺たちはがっつりイチャイチャしてしまい、約束の時間ギリギリにart galleryHARADAに到着したのだった。

ともだちにシェアしよう!