小話
『嘘つきへの処方箋』より。
<趣味の理由>
リビングのソファに座ってぼぅっとしている一磨を引き寄せて、隆司は気がついた。
──また、痩せた……?
腰周りが前よりも薄くなった。そういえば、元々それほど力はいらなかったがそれよりも入れていない気がする。
一磨の体重に慣れたのではなく、奴が軽くなった?
「……なに?」
「何だ」
「他にも場所があるのに。ほら、猫たち起きちゃった」
二匹の黒猫は一磨越しに煩そうに隆司を見上げたあと、再度その膝の上で寝直した。
「隆司、俺のこと湯たんぽか何かだと思ってるだろ?」
まったくもー、と憤慨する顔を見るとやはり、顎のラインが微妙に細くなった。
──やはり、痩せた。
自分が居ながら。なんということだ。
眉間に皺が寄っていくのを自覚する。
「なんっ、どうしたの隆司」
険しくなっていく隆司の顔に一磨は猫を乗せたまま、じりじりと後ずさった。
お前のせいだろう。
長年一緒に住んでいると解るが、奴はまず、食事を忘れる。そして睡眠だ。
繊細な部分もあるが、奴は自分のこととなると、これでもかと大胆に手を抜く。
隆司が高校の部活で二泊三日の合宿に行って帰ってきたときには、少なくとも三・四キロは体重が減った一磨が「おかえりー」と能天気に顔を覗かせて出迎えたのだ。
現在も、午後から翌日の早朝まで仕事の準夜勤務では食事を抜きがちだ。仕事当日は体力温存のため直前まで睡眠を取っているので、まず朝食は抜き。昼は食べて出勤。夕は仕事が忙しくて食べず。クタクタになって帰ってきて寝ているため翌日の朝飯も摂取せず、早くて昼飯を摂取。仕事中はずっと動きまわり、精神力も体力も使う仕事だ。
それなのに、一日一食。
奴は自分で自炊もできるのに、だ。基本的に好き嫌いもない。
他の人間がいれば、栄養を考えた献立も出てくるが、如何せん一人だと取り合えずカロリーの摂取ができればいいと偏った食生活を送る。
何度注意しても直らない。
親父とお袋に出会う前の食生活は考えたくもない。
そのため成人男性にしては小柄なのだ。
「もう、ほんとに何? 俺、何にもやってない、はず。何で怒ってんの?」
無言の隆司に耐え切れずに、先に一磨が音を上げた。
溜め息を吐いて奴の腰を抱きなおした。
「夕飯の希望は? カレー、シチュー、うどんは却下」
その三つは食べるのが楽なので一磨が好むものだ。
「え? う、うーん……隆司の食事は何でもおいしいから、迷っちゃうよ。隆司は何食べたい?」
耳元で囁いた言葉に一磨は呆けた顔をして、すぐに真っ赤にして俯いた。
その耳朶を食んで隆司は満足そうに口角を上げた。