小話

『嘘つきへの処方箋』より。

 

 

<彼らの一日スタイル>

 

澤崎隆司(さわざきりゅうじ)は考えた。
ここのところ、一磨が足りない。


朝。
互いに朝のあいさつをして、料理に洗濯にと手分けして終わらせ食卓に着く。
食事時間は十分から十五分。
家をでるのは一磨の方が早い。
ばたばたと仕度をして『おはよう』から『いってきます』までは約三十分。
『隆司、火と電気と戸締りよろしくね!』
さすがに、この歳になってまでそれはないだろうと思う。
子供ではないのだから。それとも、まだ彼の中での自分の位置はそこ止まりなのか。
くるりと背を向けて走りだそうとする腕を掴んで引き止める。
『んっ』
触れ合うだけの唇と唇。驚愕に開かれた眼に少し満足し、真っ赤になった耳朶を持つ後姿に声を掛けた。
『行ってらっしゃい』

 

夜。
部署会議があったので、彼が帰宅したのは二十時近く。
朝と変わらず、一磨はばたばたしている。
夕飯を食らい、とっとと風呂に入ってできるだけ早く就寝する。
今夜は夜勤だ。
『おやすみ』から長くても二時間ほどで『おはよう』と寝ぼけた顔と声で起床。
夜食を持たせてやり、ついでに寝癖も直してやる。たぶん奴は気付いていない。
『おい』
『んー? ン?』
さらりとした唇を攫っても、頭が働いていないので反応はいまいち。
少し物足りなさを感じつつ、まだ幾分かぼぅっとしている背中に声を掛ける。
『事故るなよ。行ってらっしゃい』
『……うん』
パタンと玄関の扉が閉まった。

 

「……」
何だ、これは。隆司は深い溜め息を吐いた。
同じ空間に二時間居たか、どうかだ。
隆司は大学に通っているし、一磨は三交代勤務で不規則。合わない。
「? どうしたの? 隆司」
一磨が夜勤を終え、昼頃に帰宅して現在は夕食。
久しぶりに二人でゆっくり食卓を囲んでいた。
隆司は席を立って、首を傾げ続ける一磨の元へ行く。
「ほんとに、どうしたの?」
「……いや」
後ろから椅子の背もたれごと抱き込み、奴の肩口に顔を埋める。
慣れ親しんだ温もりと、匂いに知らず安心する。
「なんでもない」
腕の中で微かに身じろぎするのを感じ、箸と茶碗を置く音がする。
相手の腹部に回していた腕に新たな暖かさが包み、ぽんぽんと軽く頭を撫でられる。
「ふーん? 変な隆司」
くすくすと笑った一磨はされるがまま。
「大丈夫だよ。どこも行かないから」
隆司を諭すように静かに囁いた言葉が、闇夜に染み込んだ。