小話とお知らせ

ぶどうのあきです。

PCの中のファイルを整理していたら、小話がでてきました。本編で書いていたのが、続きを入れにくくなって、ファイルをわけていたものです。

もったいないので、こちらのアトリエブログに掲載することにしました。

 

東城が広瀬に、カニをごちそうする話です。

 

付き合いだした頃。初めてのデートらしいデート。やっと広瀬を呼び出せて、東城の方が緊張しています。

 

 

その日、新橋の駅前で待ち合わせをした。広瀬の方が先についた。駅の改札をみていると、東城がでくるのがわかる。長身で体格のいい彼は、サラリーマンでごったがえす新橋でも目立っていて、時折振り返るものがいるくらいだ。

見栄えのする人だなあと広瀬は改めて思った。

「待ったか?」と東城はすぐに広瀬をみつけてきた。

広瀬は首を横に振った。

「どこかリクエストの店あるか?」と東城はいって何かを探すようにあたりをみまわす。特に探し物がある訳ではないようだ。ちらっと自分の顔を見ては、すぐに目をそらしている。「好き嫌いは?」

「ないです」

「そうか。食べたいものあるか?」

「いえ、別に」

「張り合いないなあ。えーっと。いっぱい食べられるほうがいいんだよな。お前結構食うから」

確かに小食ではない。

「これはだめ、とかある?今日はこれが食べたいとか」

「全くないです」

「なんだよ。じゃあ、好きな食べ物はって聞かれたら、なんて答えるんだ?」

広瀬は少し考えた。好きな食べ物というのは、限定しては特にない。なんでも美味しく食べるほうだ。

「そうですね」そういったあとで、ああ、と思う。「今まで食べたことがない、っていうのは好きです」

東城は、苦笑いをした。「ああ。お前それ、かなりハードルあげてきたな」そういいながら、うーん、と考えている。

「食べたことがないものって、難しいな。なんでもいいのか?虫料理とか、ワニ料理とかでも」

「東城さんがいいなら」ワニってどんな味なんだろう。美味しいんだろうか。

「いや、言っておきながら悪いが、俺は、そういうのは苦手なんだ」そうして、しばらく考えていたが、思いついたようだ。「食べたことがないっていうのは難しいが、カニ食う?うまいカニをいっぱい食わせてくれる店を知ってる」

広瀬は、うなずいた。

「よかった。ちょっとまっててな。電話してみるから」

そういうと、東城は店に電話をかけた。

カニの店は新橋と浜松町の間くらいにあり、少し人通りがきれた路地の奥にあった。

 

店は、これといった特徴のなさそうな、入り口に藍色ののれんのかかった和風居酒屋だった。東城が入ると、「いらっしゃい。お久しぶりです」と若い店員から声がかかる。親し気な笑顔からすると東城のことを知っているようだ。

「さっき電話したんですけど」と東城はいう。

「聞いてますよ。奥、どうぞ」と通された。

2人がやっと入ることができるくらいの個室だ。メニューはおいていない。二人で向かい合わせに座る。机も小さくて足がぶつかりそうなくらいだ。

東城は、お手拭をつかいながら、店員に、「お願いします」といっている。

店員もこころえており、「はい。かしこまりました。お飲み物はどうされますか?」と聞いてくる。

「俺はビール。広瀬は?」

「俺もビールで」と広瀬は答える。

店員は、さがっていった。

「ここは、普通の居酒屋なんだけど、大将が猛烈なカニ好きで、手に入るあらゆるカニをおいてるんだ。冷蔵や冷凍で保存できるものもある。調理方法は、大将のおまかせで、大将が、このカニはこの食べ方っていうのを出してくれる。とにかくこだわってて、前は、オリジナル料理みたいなのが多かったんだけど、最近は、かなりシンプルになって、普通にゆでたり、焼いたりがでてくることが多くなった」達人の域になるとシンプルになるんだな、という。

 

そして、ビールとともにでてきたのは、大量のカニだった。見たことがない種類と量だ。

ビールもそこそこに、広瀬は、食べ始めた。

広瀬がカニを好きなのは、もちろん味もあるのだが、しばらくその場が沈黙でも全く違和感がないからだ。殻を割って、みをとりだし、食べていく。ひたすらその作業に没頭できる。

「お前、そんなにカニ好きだったのか?」山のようなカニをせっせと食べている広瀬に東城がきいてくる。「よく食べてるな。つれてきたかいがあるけど」

広瀬は食べながらうなずいた。「こんな美味しいのは食べたことないです」

「じゃあ、食べたことがないっていう点はクリアできたんだな」

東城もカニを食べてはいるが、一通り食べると、飽きたといって、他のつまみも注文している。あからさまに口にはださないが、カニばかり食べる広瀬にあきれているようだ。

途中で、大将が個室に挨拶に現れた。彼はカニを食べまくっている広瀬に相好を崩す。愛好者が来たとおもっているのだろう、店員に呼ばれるまで、薀蓄をかたむけ、広瀬のために、殻をとったり、たれを特別に調合したりしてくれていた。

「いっぱい食べるって得なことがあるんだな」と東城はいった。

 

食べ終わると、広瀬は、大将おすすめのカニにあう焼酎をロックで飲みながら、東城に質問をした。

普通は聞かないようなことだ。たいして飲んでいないのに、今日は少し酔ったみたいだ。

「こういうお店、よく知っているんですか?」

「こういうって?」

「ちょっと変わったお店です」

「どうかな。なんで?他にリクエストが出てきた?」

「そういうわけじゃないんですけど」

「なんだよ。なに?」

「こういうお店に、女性をよく連れてきたのかなって」

東城の手がとまった。彼は自分を探るように見てくる。

「まあ、嘘ついてもしょうがないから言うけど、ここには、連れてきたことはある。女性と来るより、カニ好きを連れてくる方が多いけど」

「そうですか。東城さん、お店選ぶの上手そうですよね」あまり言わない言葉が口からでてしまう。

「まあ、それは、そうだ。せっかく誰かと行くなら旨いもの食べたいだろ。女性が好きそうな店や、野郎と遊ぶ店。お前の好みがもっとわかって、俺の誘いに乗ってくれるんなら、色々連れて行ってやるよ」

広瀬はあいまいにうなずいた。

「なんでそんなこと聞くんだ?気になる?」

「いえ、別に」

東城は、また、探るような視線を向けてくる。

「ここまで聞いといて、『別に』はないだろう。俺が、女と遊びまくってたのが、気になるのか?誰とも長続きしないって言われてるのが気になるのか?」東城は少し笑顔をみせる。「そのことを気にしてくれるんだったら、俺としてはうれしいけど、な。自分と俺の関係がこれからどうなるのか、ちょっとは、心配してるってことだろう。それって、少しは俺とのことを考えてるってことだろう」

広瀬は、眉間にしわがよる。「どういうことですか?」

「お前が、俺のこと少しは好き、って思っていいって」

広瀬は東城の言葉をさえぎってこたえる。「東城さん、俺だって、好きでもない男と寝るほどには困ってないですよ」

「お前、そういう言い方しかしないよな。ストレートに好きといわないのは、理由でもあるのか?」そういう東城は笑顔なので冗談でいっているのだろう。

「言って欲しいんですか?」

「ああ、言われたらすごくうれしい。嘘でもいいから言って、いや嘘はだめだな。そうじゃなくて、本当に好きなら、そういってほしい」

広瀬は、ちょっと首をかしげた。

「ここで、そう言われるのと、キスされるのだったら、どっちがいいですか?」やっぱり自分は酔っているのだろう。

「ここで?」東城は返事を考えている。「ここでなら、キスだな」

「そうですか」

広瀬は、腰をうかすと、手を伸ばし、東城の顔をひきよせた。そして、そっと唇をあわせる。

東城はじっと広瀬をみていた。彼はしばらくはおとなしくしていたが、だんだんに、舌を動かし始める。広瀬の唇を吸い、口内をかきまわした。

そうするうちに、東城はふっと笑った。彼は口をはなした。

「広瀬、せっかく色っぽいところ悪いんだが、お前の唇、少しカニの味がする」

雰囲気が、こわれるなあ、といって、笑っている。これだったら、好きといわせるほうがよかった、と。

 

おしまい。

 

 

<お知らせ>

来週くらいから、東城と広瀬の話とは全然違う話を掲載する予定です。

同時並行で書けるかどうかわかりませんが、掲載しながら、この二人の話も書きたいです。