おじさんなふたり(探偵×刑事)
1919年~の探偵と刑事を書きたいと思い、書いてみました。
探偵のハイドは54歳、刑事のウィルクスは41歳になっています。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9111186
よかったら、ご覧ください。
もしかしたらこちら(fujossy)にもあげるかもしれません。
経年した関係と年とった二人が書きたかったのです。
おじさんになったふたり。↓
ちなみに、むかし書いた1919年版のふたり(53歳の探偵×40歳の刑事)の掌編があるので、載せます。
基本的にはいちゃいちゃした仲よしカップルのまま経年します。
【指/1919年のふたり】
ウィルクス警部補は右手の中指と薬指が動かない。職務の際の負傷だが、もう十年来動かないので本人はわりと慣れている。ペンは持てるが、拳銃を構えるとき苦労する。人を殴ることもできない(だから彼の声はだんだん大きくなっていく)。
かつて、怪我が治癒した頃だったが、神妙な顔をしたハイドから「感覚はあるのか?」と尋ねられた。ウィルクスは「ほとんどないですね」と答えながら、眉を寄せて苦しげな顔をしている恋人を新鮮な目で眺めていた。いつも自分が心配させられているものだから、怪我もしてみるものだなとそのときは真剣に思った。
その後、ハイドはウィルクスの動かない指にいささか過度な興味を抱くようになった。撫でたり舐めたり噛んだりする。ウィルクスが四十路を迎えた日もそうだった。ハイドは毎年恒例で家族だけのささやかな晩餐会に呼ばれ、ウィルクスの息子とくたくたになるまで遊んだ。やがてみんなが寝室に引き上げたあと、「ルークの相手をしてくれてありがとうございます」と客用寝室に言いにきたウィルクスをつかまえた。ハイドに右手の手首をつかまれて警部補は怒った顔で照れた。
「今夜はだめですよ」
「わかってるよ、ぼくも十三年で待てを覚えたからね」
最近の実例を引いて反論しようとしたウィルクスは中指と薬指に口づけられて言葉を飲みこんだ。ハイドは二本の指を舐め、軽く噛んだ。甘噛みしながら年下の男をじっと見つめる。
「感じる?」
「いや、全然」
ハイドはうなずいて目を伏せ、また黙々と指を噛んだり舐めたりしはじめた。でかい狼にじゃれつかれているみたいだな、とウィルクスは思う。彼は左手でハイドの白髪を掻き上げた。困ると、ウィルクスは思わずハイドの弱点の耳を触ってしまう。探偵はちらりと恋人を見た。
「ふははふふ?」
「わかりませんよ」
ハイドは口を離し、唾液を拭って屈託なく言った。
「感じないならムラムラさせられないな」
彼はまた口に咥え、飢えた狼がキャンディを舐めるように無感覚の指を愛した。ウィルクスは彼の顔をまじまじと見て、目を細める。
「……今の顔にはムラムラしましたよ」
年上の男はにこにこして尻尾を振った。恋人の役に立たない部分を愛でるハイドの前で、おれって案外簡単に欲情するんだなとウィルクスは思っていた。
【ロマンス/1919年のふたり】
「すみません、聖歌隊の練習で遅くなりました」
そう言いながら事務所にやって来たウィルクス警部補を出迎え、探偵はにっこり笑った。
「犯罪捜査部の余興か?」
雪まみれのコートを脱がせてやりながらハイドが尋ねると、ウィルクスはため息をついて首を振る。
「余興をするくらい平和ならいいんですけどね。愛と寛容の季節でも人間は人間らしさを忘れません。つまり警官が介入する事態が通常通り起こるってことですが。妻に頼まれて教会の聖歌隊に参加してたんです。穴埋めですがね」
「声、かすれてるな」
受け取ったコートを吊るしながらハイドがどこか感心したように言った。ウィルクスは喉に触れ、うなずく。
「仕事で大きな声は出し慣れてると思ってたんですが、歌うとなるとまた別みたいです」そしてかすかに微笑んだ。
「今なら心おきなくあなたと寝られるかもしれない」
ハイドは振り返って首を傾げた。ウィルクスはいたずらっぽく笑う。しかし、ハイドはすぐに察し、それを口に出した。
「きみ、自分が喘ぎすぎてるって気にしてるからねえ」
ウィルクスは眉を吊り上げ、みるみるうちに赤くなる。自分で餌をまいておいて、飢えた狼が寄ってくると途端に狼狽しはじめる人間のようだと探偵は思った。そんな恋人の姿が微笑ましく、この狼はさらに鼻先を擦りつける。
「身悶えながら口を開けてもかすれた息ばかりが漏れる、っていうのも色っぽくてそそるよ」
ハイドが屈託なく言うと、首筋まで赤くなった警部補は思わず、睨みつけながら狼の頬をつねっていた。「まったく」ウィルクスはうるんだ濃い茶色の目でハイドを睨みつけ、かすれた低い声で威嚇した。「どうすれば欲情しなくなるんですか?」
「きみがきみである限りは欲情する」
さらりと言ったハイドに、ウィルクスは彼の両頬をつまんで引っ張った。
「口説き文句ばっかり覚えるんですから」
「漏れるのが息だけになるまで愛しあおうか」
「ロマンチストですね、あなたは」
ハイドに手を握られるとウィルクスは彼の熱を感じた。胸の奥がちりちりと燃える。目を伏せ、固い顔をした警部補がつぶやいた。
「おれ、もう四十のおじさんですし」
「知ってるよ、ぼくもきみ以上におじさんだ」
「低くて裏返った声でしか喘げないですけど」
「可愛いよ。とても」
ウィルクスは輝く凛々しい目で恋人を見上げた。
「声を失くすまであなたと愛しあいたい。でも聖歌隊で歌わなくちゃいけないから、あとでエッグノッグ、作ってくださいね」
生真面目なロマンチスト、とハイドが言うとウィルクスは眉を吊り上げ、目を細めて微笑む。美しいとハイドは思った。
その夜、ほんとうに声を枯らしそうになったウィルクスに向かって、「ちょっと休もうね」と説得するのは例によって狼の役目なのだった。