つれづれ日記2/世にも不思議な読切SS

もうじき梅雨ですね、石月です。。

 

前回の記事に書いていたジュマンジ、パシフィックリム、インフィニティ、観に行ってきました。。

面白かったです!!かっこよかったです!!ある意味筋肉フェスでした!!

 

君の名前で僕を呼んで、も、街の単館シアターで六月に上映予定なので観に行きたいですウホっ。。

 

めちゃくちゃ余談ですが「ブロークバックマウンテン」の、帽子が吹っ飛ぶほどの再会チューシーンが大好きです……すごく切ない作品ですが……字幕も吹替えも大好きです、照。。

 

 

で、以下、また小ネタになります。。

他サイトにもUPしている、世にも不思議な読切ショートショートになります。。

 

【大鯉】ほんのりBL風味

【転生】ノーマル

【一つ目小僧】ほんのりBL風味です

 

 

 

 

【大鯉】

 

その屋敷の庭の池には美しい緋鯉が泳いでいた。


鬱蒼と生い茂る常緑樹の涼しげな木陰、なみなみと水の張られた池には睡蓮も漂い、その下で悠々と水中を行き来している。

 

広い池にいる鯉はただ一匹だけ。
白い鱗が木洩れ日に凛とした光を纏う艶やかな姿かたち。

特に紅の斑紋が色鮮やかだ。

 

庭の探索に出、思わず立ち止まって見とれていたら、屋敷の住人がやってきた。

 

「実に美しい鯉だね」

 

長らく患っている彼の顔色は屋敷内にいると蒼白で不健康そのものだが、こうして日の下に出てくると、その不健康さもいくらかましになって見えた。

 

隣にやってきた彼は静かに微笑んだ。
手を叩いたわけでもないのに、池の中の鯉がすぅっと近くにやってくる。

 

水面から顔を出して、ぱくぱくと口を開き、まるで何事かを語りかけているようだ。ただ単に餌がほしいだけなのだろうが。

 

「君によく懐いている」

 

今日は調子がいいのか。
普段は痛みのために沈んでいる面持ちを自然と緩ませて、始終無言であるものの、ずっと微笑んでいる。

そんな良好な状態が続くよう、手にしていた上着をその細い肩にかけた。

 

涼風が緑に閉ざされた庭を吹きぬけていく。

 

静謐たる微笑は脆くも一瞬で崩れ去った。

 

おもむろに口元を掌で覆ったかと思うと、細く白い指先を、赤が濡らす。
咳をすれば真っ赤な雫が飛散した。

 

「ああ、これはいけない」

 

喀血伴う咳を続ける彼の肩を抱き、屋敷へ戻ろうと、踵を返そうとした。

 

ふと視線がそれに吸い寄せられる。

喉奥から迸った血の行方に。

 

指の狭間を伝い、滴り、水面に一滴ずつ落ちていく。
池の中でぼやけるように、ふわりと、広がる。


そのぼんやりした赤い濁りが近くを泳いでいた鯉にすぅ、と吸い込まれていく。
光り輝く白い鱗がさらに鮮やかな紅を帯びる。

 

紅の斑紋が増えた鯉は、ぱくぱくと、水面から再び顔を出し、咳をする彼にやはり何かを語りかける。

 

「……さぁ、家の中へ戻ろう」

 

世にも面妖な鯉を池に残して、頼りない肩を抱き寄せ、踵を返した。

 

腫瘍に肺を蝕まれた彼の余生はもう残り僅かだ。
いつ果ててもおかしくないという。

 

屋敷の中にいた、一昨年に彼と夫婦になった私の妹や女中が駆け寄ってきたので、かかりつけの医者を呼ぶよう伝え、縁側から寝間へと向かった。


君が天に召される日が来たら。
あの鯉を譲ってもらおう。
君の血で彩られた美しい水魚を。


「……すみません、令(リョウ)さん……」


抱き上げられた彼は血に濡れた唇でぽつりと囁く。


今、両腕の中にある覚束ない温もり。
ほんの一瞬だけ胸に閉じ込めてみた。

 

 

 

 

【転生】

 

兄さんは瓶の中で小鳥を飼っていた。
雀を真っ白にしたような姿かたちで、文鳥やインコとは違うようで、よく、小さな声で囀っていた。

 

どうして瓶の中で飼っているのだろう?
どうやってこの中に入れたのだろう?

 

僕は不思議でならなかったが、瓶の中にいる小鳥がそれは可愛らしく、小鳥自身、その居場所に満足しているようなので、瓶から出そうと思ったことはなかった。

 

小鳥は兄さんや僕を見る度に小さな声で囀る。
兄さんが指先で瓶をこんこん叩くと、内側から嘴でこつこつ返事をした。

 

小鳥は餌を食べない。
だから瓶の中は綺麗なままだ。

 

木造アパートの窓枠に置いてみれば、淡く輝いて、畳の上にうっすらと青く色づいた日影を伸ばす。
小鳥は日向ぼっこをさせてもらって気持ちよさそうに目を瞑っていた。

窓枠に頬杖を突いた兄さんは瓶の中の小鳥を安らかな眼差しで見守り、僕は見慣れた光景を隣にして宿題をする。

 

僕に両親はいない。
父親の顔は知らないし、母親の顔も、あまり覚えていない。

僕を育ててくれたのは年の離れた兄さんだ。
朝は新聞配達、昼は食品工場で働いていた。

 

ご近所さんからも職場の人達からも好かれる優しくて真面目な兄さん。

 

兄さんは僕の誇りだった。
僕は兄さんが大好きだった。

 

中学校へ入学した僕に、兄さんは、それまで黙っていた一つの話を打ち明けてくれた。

 

「お前には姉さんがいたんだ」

 

兄さんより年上だった、兄さんの、姉さん。
姉さんは僕が生まれるよりも前に死んでしまったという。

 

初めて見た兄さんの涙につられて僕も泣いた。
僕達の泣き声につられたのか瓶の中の小鳥も鳴いていた。

 

 

僕は高校へ入学した。

 

 

中学卒業と同時に働こうと思っていたのだが、兄さんや親切な人達に後押しされ、進学を決意した。

 

「お隣の繭子ちゃんが言っていたぞ、お前は勉強を教えてくれるのがとても上手だって」

 

八百屋の茂蔵おじさんも、釣銭の計算がオレより早いって、褒めていたぞ。
タバコ屋の富江ばあちゃんは、重たい荷物を運んでくれたって。

一つ一つのさり気ない優しさがみんなに記憶されているお前は自慢の弟だよ。

 

そう言った次の日、兄さんは、車に撥ねられて死んでしまった。

 

僕は親切な人達に支えられて大好きだった兄さんを見送った。

 

それから不思議なことが起こった。

 

泣き腫らした目で僕は瓶の中をじっと見つめる。
白い小鳥は首を傾げるようにして僕を見つめ返してくる。

 

二羽になった小鳥。

 

横に並んで、小さく囀って、僕に話しかけている。

ああ、そういうことだったんだね。

兄さん、姉さん?

 

 

 

【一つ目小僧】

 

「今、この人とお付き合いしているの」


従姉が連れてきた男には見覚えがあった。

 

 

今は亡き母親とその恋人に虐待を受けていたのは今から十年前の事だ。

住まいとなるアパートには無職の若い恋人が入り浸っていたので、学校が終われば必ず寄り道した。

 

近所の公園、スーパー、バスを待つでもなく停留所のベンチに延々と座っていたりと、日が暮れるまで外にいるようにしていた。


ある日、停留所のベンチに座っていたら突然知らないおじさんから「いつも座っているね、お母さんはどうしたの?」と声をかけられた。

 

驚いて、その場から駆け足で逃げ出した。

公園にもスーパーにも、当然アパートにも行く気がせず、ランドセルを音立たせながら出鱈目に団地内を走り回った。


気がつけば見慣れない道を歩いていた。


茜色の夕日に染まる雑木林の中、舗装されていない道を一人進んでいた。

 

夏でもないのに蜩が頭上で鳴いている。

道端にお地蔵様が連なっていて、紙の風車が少し冷たい風にくるくると回っていた。

 

赤い鳥居が続く階段の手前で足を止め、休める場所があるかもしれないと長い階段に足をかけた。

 

怖いという気持ちはなかった。

アパートの物で散らかった部屋にいて、いつ、どんな拍子で母親の恋人が手にした煙草を押し付けてくるのか。

緊張と不安に襲われている時間と比べれば見知らぬ場所に進む事など何でもなかった。

 

階段を上りきれば簡素な造りの社が鳥居の向こうに伺えた。

 

人の気配は皆無で、やけに薄暗い広葉樹林が社の後ろまで迫っている。

日に焼けたスニーカーで砂利道を通って鳥居を潜り、賽銭箱へと続く段差に腰掛けた。


疲れた。


知らない人に声をかけられてびっくりしたし、お腹も減った。

それにとても眠い……。


小さな体を窮屈そうに丸めて縮こまると目を瞑った。

蜩の羽擦れの音色を聞いていたら、いつの間にか、静かな眠りに落ちていた。

 

そして俺はあの人の膝の上で目を覚ました。

 

それから数日後、母親とその恋人は野犬と思われる動物から夜道で襲われ、あちこち欠けた死体になって発見された。

 


「今、この人とお付き合いしているの」

 


従姉が連れてきた男には見覚えがあった。

黒っぽい上着を着た、黒髪の、眼帯をした男の人。

 

膝枕してくれた隻眼のあの人と同じ眼差しをしていた。