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密着

しまった…、と遥翔は一人後悔していた。 いつもならこの時間に乗ることがないので、帰宅ラッシュというものがある事をすっかり失念していた。 体が浮き上がるのではないかというくらい四方から押され、足を踏まれても誰が誰の足を踏んだのかわからず謝るに謝れない状態になっている。 春先とはいえ、まだまだ朝晩は冷え込むため、車内は暖房が効いている。 普段ならありがたいが、今は人の熱気も手伝ってむしろ暑いくらいだ。 つい一昨日の朝のラッシュを思い出し、げんなりしてくる。 「ハル、大丈夫?」 「なんとか…。おまえは?」 「僕は慣れてるから。」 息苦しさと闘いながらなんとか耐えていると、ようやく最初の駅に到着した。 開いたドアから冷たい空気が流れ込み、遥翔はやっと呼吸が出来た気がしてホッと息を吐く。 「ハル、こっち。」 何人か降りると、その隙に新が遥翔の腕を掴み、ドアの方に顔を向けた状態で立たせ、すぐ後ろに立った。 ドアが閉まると、後ろから遥翔の両脇に手を突っ張るようにしてつく。 おかげでスペースが確保され、遥翔は押される苦しさから解放された。 (こういうとこ、変わんねぇな…。) 新は昔からこうしてさり気なく護ってくれた。 遥翔が車道側を歩こうとすると、スッと自分が車道側に回り込んだり、泣いているところを他の人に見られないように壁になってくれたり…。 新にとって、それはごく当たり前の事で、計算でやっているわけではない。 (そりゃ、モテるわな…。) 背中に新の体温を感じながら、遥翔はなんだか泣きそうになる。 電車が走り出すと、その衝撃で遥翔の隣にいた女性がよろけてぶつかってきた。 「あ、すみません…。」 「いえ、大丈夫ですか?」 「はい。」 (あ…、この人なんとなく香織に似てる…。) 顔が似ているというわけではなく、雰囲気が似てる気がして思わず女性を見つめてしまう。 香織と違うのは、露出度の高い服を着ていること。 ふくよかな胸の谷間を強調するようなV字のニットを着ている。 男なら誰でもその谷間に目が釘付けになってしまうが、それよりも今はすぐ後ろにいる男の事が気になって、遥翔はすぐに目を逸らした。 次の駅に着くと、遥翔がいるのとは反対のドアが開き、また人がなだれ込んで来ると、壁になってくれていた新もその波に押され、突っ張っていた腕を曲げた。 「っと…、ごめんねハル、苦しくない?」 「うん、平、気……っ」 振り返るとすぐ目の前に新の鎖骨があり、遥翔の胸がドキ、と跳ねた。 さっきより密着した分、まるで後ろから抱き締められてるみたいな感覚になり、胸が早鐘を鳴らす。 「次で着くから、それまで我慢してね。」 「あ、ああ…。」 コート越しに、新の体温が伝わってくる。 時折、髪に新の吐息がかかる。 新の、匂いがする……。 新に恋愛感情を抱いている事に気づいてからこんなに密着するのは初めてで、遥翔の心臓は痛いくらい跳ね上がっていた。 そしてそれ以上に慌てたのは、下半身に熱が集まってしまっていることだった。 (マジか……っ!どうしよう、もう、着くのに…!) コートを着ているから盛り上がってしまっている股間を他人に気づかれることはないが、普通に歩ける自信がない。 なんとか少しでも落ち着かせなければ、と深呼吸を繰り返す。 そうこうしているうちに駅に着いてしまい、遥翔は新に気づかれないようにそっと歩き出した────。 「わ、真っ暗。すぐ電気付けるね。」 「しぃちゃんは?」 「友達と旅行に行ってるよ。明後日帰ってくるって。」 「そっか。」 良かった、と遥翔は安堵した。 未だ治まらない熱を、新だけなら、先に部屋に行ってもらってその間にこっそり出してしまおうと思っていたが、もし静流がいるなら、何かしら理由をつけて一度隣の自分の家に帰ろうと思っていたのだ。 「……あの、さ、新。トイレ、借りていいか?」 「トイレ……?ああ、まだ治まってないの?」 「え……?」 「おいで、僕がしてあげる。」 「……へ……?」

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