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別離
空へ昇っていく煙を、新はただ黙って見送っていた。
告別式でも、火葬炉に棺が飲み込まれていく時も、新は一粒の涙も落とすことはなかった。
喪主として、終始毅然とした態度で参列者一人ひとりに深々とお辞儀をし、感謝の言葉を述べた。
昨日は、なかなか泣き止まない遥翔が落ち着きを取り戻すのを待ち、2年ぶりの再会をようやく喜べたのだが、やはりそこに歌うように笑う香織の声はなかった。
香織を囲むようにしながら昔話に夢中になっているうちに夜も深くなり、和臣と新に一度帰るように促されたが、香織の側を離れたくないとわがままを言った。
そして連絡を受けた母親が、喪服やら香典やらを準備し、斎場まで届けてくれたおかげで、遥翔も新と和臣と共に斎場に宿泊する事が出来たのだった。
イタリアからの長旅で疲れていないわけではなかったが、不思議と眠気はなく、一晩中3人で香織の側についていた。
「香織……天国へ逝けるよな。」
「ああ。」
新から少し離れたところで遥翔と和臣もまた、悲しいほど高く澄んだ青空へと昇っていく白煙を見守っていた。
無事に葬儀を終え、香織の遺骨は実家へと帰った。
長年暮らした実家のほうが香織も喜ぶだろうし、と新が申し出たのだった。
和室に設置された祭壇に、骨壷が置かれる。
ああ、本当にもう香織はいないのだ。
その体に触れる事は二度と出来ないのだ。
そう思うとまたみるみる涙が溢れてくる。
「ハル……。」
新が優しく微笑みながら、背中をさすってくれる。
慰めなきゃいけないのは自分の方なのに逆に慰められてしまい、遥翔は自分を叱責する。
「四十九日まではここにいるんだって。だからたまに会いに来てあげて。」
「来る!毎日だって来る!香織…ごめん。俺…もっと連絡すれば良かった……。」
「連絡が来ないのはハルが頑張ってるからだし、無事な証拠だからって香織言ってたよ。」
「新……。」
人は何故、失ってからでないと大切な事に気づかないのだろう。
どうせすぐ会えるのだから、と。
死んでしまうなんて夢にも思っていなかった。
それから遥翔は、ほとんど毎日香織にお線香をあげに来た。
香織に話をするという目的もあったが、それ以上に新の様子が気になっていた。
葬儀の日から、まだ新は一度も泣いていない。
きっと誰よりも悲しいのに、いつもただ静かに香織の写真を見つめている。
母親の沙織にこっそり聞いてみると、あまり食欲もないらしく、痩せたというより、やつれたという表現がしっくりくる。
顔色もあまり良いとは言えなかった。
それでも、遥翔が来ると笑顔で迎えてくれる。
「新…、ちゃんと飯食ってるか?」
「んー…、食べなきゃいけないのはわかってるんだけどね、食欲、ないんだ…。」
大切な人を亡くして間もない人間に、しっかり食べろというのも土台無理な話だ。
それでも、少しでも食べてもらいたい。
このままでは今度は新が……。
そう思うと全身が恐怖で震えた。
「なぁ、新。今夜うちに来ないか?」
「え…?」
「帰ったら一番に、3人に俺の作ったイタリアン、食べてもらおうと思ってたんだ。和も呼ぶからさ。」
「…や、でも……」
とてもそんな気分ではないのだろう。
新が俯き、目を閉じる。
「香織にも食べて欲しいしさ。な?」
その言葉に新は顔を上げ、うん、そうだね。と笑った。
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