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利己

仕事を終え、和臣が倉持家に到着したのは7時を少し回った頃だった。 得意先にもらったと、上等なワインをドヤ顔で見せると、いつも通りの和臣に安堵した遥翔は早速調理に取り掛かった。 仕込みは終わっていたから、皿に盛り付けたり、タレに漬けておいた肉を焼いたりするだけだったので、その間に新に香織の遺影を取りに行かせた。 5分もかからずに新が戻ると、4人分のテーブルセッティングをし、いつもの席順で座る。 遥翔の隣に和臣、向かい側に新、新の隣に香織。 それがいつもの4人の定位置。 キュポンッ!と小気味よい音を立てワインのコルクが開けられると、まずは香織のグラスに注ぐ。 香織の好きなロゼ。 そんなに強くないくせにいつも飲み過ぎて、眠ってしまった香織を新が介抱するのがお決まりだった。 ごめんね、と言って香織を抱きかかえながら帰る新の背中を見るのがツラくて、いつも潰れたフリをして、2人がいなくなるまで和臣の影に隠れる事でしか心の痛みを和らげる術を知らなかった。 「乾杯、しよ?」 4人分のワインが注がれ、グラスを持った新が2人に提案する。 「乾杯って…。」 何に? 今夜は新にちゃんと食事をして欲しくて、半ば無理矢理に企画して来させたようなもんだし、乾杯するような事柄がない。 「ハルが無事に修行を終えて帰国して仕事が上手くいってる事と、和が会社を起業する事、かな?」 「えっ、和、起業するのか!?」 「ああ、ようやく目処が立ってな。3ヶ月後に。」 「なんだよ、今までそんなこと一言も……。」 「起業出来るかどうかわからなかったから、イタリアで頑張ってるおまえに心配かけたくなかったんだ。新に報告したのもおまえの帰国が決まった後だし。おまえには、帰国後のサプライズで報告するつもりだったんだ。」 「………。」 遥翔の帰国と和臣の起業を、前途揚々な幼馴染みの門出を、4人で盛大に祝う計画を香織と立てていたのだと、香織の遺影をそっと撫でながら新が教えてくれる。 「乾杯しよう。香織、ずっと楽しみにしてたんだ。」 「そうだな。」 「……うん。」 グラスを持ち上げ、香織のグラスに掲げる。 「ハルと和の前途を祝して。」 「乾杯。」 「乾杯!」 新が音頭を取り、その後に和臣と遥翔が続く。 (このワイン…香織が最期に塗ってた口紅の色に似てる……) そう思った瞬間、鼻の奥がツンと痛くなり、ジワリと目頭が熱くなり、視界が揺れる。 ここで泣いたら2人が心配する。 遥翔は涙が零れてしまう前に、グラスを煽る。 和臣がドヤ顔で持ってきただけあって、ロゼがあまり得意ではない遥翔も「美味しい」と呟く。 「あんまり飲み過ぎないようにね、ハル。お酒強くないんだから。」 2杯目を和臣にねだる遥翔に、新が心配そうな声を出す。 「ヘーキ。俺、イタリア行ってる間、毎晩のように飲みに連れて行かれてたからさ、強くなったんだよなー。」 「そうなの?」 「そ!ワインの2~3本くらい、全っ然ヨユーだし!」 「そうなんだ…。けど、無理しちゃダメだからね?」 「わーかってるって。和、早く注げ。」 「ん。」 和臣に注いでもらったワインを、ゴクゴクと飲み干す。 酒に強くなった、というのは嘘だった。 遥翔は元々酒豪だった。 いつも香織と同じくらいのタイミングで潰れたフリをしていたから、新は遥翔は酒に弱いのだと思っていたのだ。 「ああ、ハル!ダメだよそんな一気に飲んじゃ!」 「だーから、大丈夫だって!前の俺とは違うって言ってんだろ?」 慌てる新に笑いながら、遥翔は和臣と新にも飲めと促し、料理を振る舞い、また飲み…、そうしていくうちにいつしか空が白けていった───。

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