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自責
「え……?」
「あ、すぐにじゃないよ。来月の香織の四十九日の法要が終わったらね。」
「…もうすぐじゃん。ここを出るって…、引き払うってことか
?」
「うん。ちょうど来月にアパートの契約更新もあるし、丁度良いかなって。」
「ここ出て、どこ行くんだ?」
「とりあえず実家に戻るよ。」
「…そっか…。じゃあこれからは気兼ねなくいつでも会えるようにな……」
そこまで言って、遥翔は言葉を失った。
(俺、何言って……!これじゃまるで、香織が死んだ事を喜んでるって言ってるみたいだ…!)
遥翔はあれだけ慕っていた香織にこんな感情を持っていた自分が信じられなかった。
いや、新への恋心に気づいた時から、もしかしたらそれより前から、「香織さえいなければ」という気持ちがゼロではなかったのかもしれない。
けれどそれを無理矢理心の奥底に閉じ込め、気づかないフリをしていたのだ。
そんな風に思う自分が嫌だった。
何より、香織を慕う気持ちも決して嘘ではなかったからこそ、2人が付き合う事になった時も、結婚する事になった時も、遥翔はその事実を受け入れる事が出来たのだ。
「ハル?」
「ごめ……俺、帰る。」
「え?」
居たたまれなくなった遥翔は、バックパックとジャケットを掴み、ガタンッと音を立て椅子から立ち上がり、踵を返す。
「ちょっ…待って!急にどうしたの!」
「ごめん、また後で話聞くから。」
「ハル!」
「っ!」
早足で玄関に向かい、靴を履きかけたところで腕を掴まれる。
「離……っ!」
新の腕を振り切ってでも帰ろうとした瞬間、掴まれた腕を引かれ、体が反転したと同時に新の肩口に顔が押し付けられる。
「……!?」
そのままギュッと抱き締められ、遥翔の胸が大きく跳ね上がる。
「帰るなら車で送るよ。けど今はダメ、帰さない。」
「…っ!」
耳元で囁かれ、新の低音に腰がゾクリと甘く痺れる。
「なん、で……。」
「泣いてるハルを帰せるわけないでしょ…。」
「泣いてなんか……っ!」
言いかけて、頬を熱い雫が伝い落ち、ようやく自分が泣いている事に気付く。
思わず顔を上げると、新の焦茶色の瞳に見つめられる。
「ごめんね、僕…ハルのこと傷つけるようなこと言っちゃったかな…。」
「違う!新は何も悪くない!俺が…っ!」
遥翔につられたように、新も泣きそうな顔で見下ろしてくる。
新にこんな顔をさせたかったわけじゃない。
香織も新も傷つけてしまった。
じわりと視界が滲むと、ポロポロと雫が頬を滑り落ちていく。
「ハル……、おいで。」
新に肩を抱かれ、部屋へと戻る。
遥翔が泣き止むまで、新は遥翔の頭や背中を優しく撫でた。
小さい頃から、余程のことがないと人前では泣かない遥翔が泣いた時は、こうして慰めるのが新の役目だった。
高校までずっと一緒だった遥翔が、料理の勉強をしたいからと専門学校に進学した時も、イタリアに修行に行くと聞いた時も、新は遥翔が泣かないかと心配だった。
遥翔が泣いたら、一体誰が慰めるのだろう。
自分ではない誰かの胸で泣くのだろうか。
自分ではない誰かが、こうして遥翔の頭や背中を撫でてやるのだろうか…。
そう思ったら、新の胸に冷たく重い鉛が落ちた。
イタリアに行ってからは連絡が来る回数も激減し、それはきっと向こうでの生活が充実しているからだと思うようにした。
だからきっと、泣いている暇なんてないだろうと。
2年ぶりに再会し、悲しみに打ちひしがれる遥翔を慰めたのはやはり自分だった。
新は香織を喪った悲しみの片隅で、またこうして遥翔を慰められることに悦びを感じていた。
遥翔が泣く場所は自分の腕の中だけ。
他の誰にも、譲りたくない。
「理由…聞かせてくれる?」
遥翔が落ち着いたのを見計らって、新が静かに口を開いた。
遥翔は小さく頷き、不謹慎な発言をしてしまった事が許せなかったのだと告げた。
「そんな事…、全然わからなかったのに。ハルは優しいね。」
そう言うと、遥翔はまた瞳に涙を溢れさせ、何度も頭を横に振った。
「そんなに頭振ったら痛くなっちゃうよ。」
よしよし、と頭を抱くように引き寄せると、遥翔はおとなしくなった。
遥翔が不謹慎だと自身を責めるのであれば、真に責められるべきは自分なのだと新は思う。
───車で送るという新の申し出を、遥翔は駅に自転車が置いてあるからと尤もらしい理由で断ってきた。
ならばせめてホームまで送らせて欲しいと懇願し、電車が見えなくなるまで見送った。
アパートに戻ると、まだそこには遥翔の温もりが残っているような気がして、新は自嘲すると大きな溜息を吐いた。
「ごめんね……ハル。」
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