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任務
新のアパートから半ば逃げるようにして帰ってきてからというもの、遥翔は新との接触を避けていた。
香織の四十九日の法要が終わり2週間が過ぎた頃、和臣から新の引越しの手伝いをしないかと誘いの電話が入ったが仕事を理由に断った。
実際、4月に入ってから店は連日満席状態で、終電で帰ってくることも多くなり、新から何度も着信とメールが入っていたが、電話にも出られず、メールの返事もどう返せば良いのか悩んでいるうちに時間だけがせっかちに進んでしまっていた。
そのうち新からの連絡もパタリと来なくなり、更には何時に帰っても新の部屋に灯りが点いていない事が、遥翔の心に昏い影を落とした。
まさか自分は嫌われてしまったのだろうか。
もしかしてまた家を出てどこかで暮らし始めてしまったのだろうか。
その不安は日に日に強くなり、胸に居座る影もどんどんその濃度を増していった。
もうダメだ、このままではおかしくなってしまう。
新がどこで何をしているのかをハッキリさせなければ、気になって仕事どころではなくなってしまう。
遥翔は10日ぶりの休みの日にわざわざ早起きをして、隣の北條家へ乗り込むべく、気合を入れ勢い良く玄関を開けた。
「わあっ!ビックリした!」
「わあ!焦ったー!しぃちゃん、どうしたのこんな朝っぱらから。」
ドアにぶつかりそうになったのを体を仰け反ることで回避した目の前の人物と同時に声を上げる。
そこにいたのは新の母親の静流だった。
17歳で新を産んだ静流は所謂元ヤンで、10年前に夫を事故で亡くしてからは女手一人で新を育てた。
シングルマザーになったからといって、静流は落ち込んだり暗くなったりすることはなく、元からサバサバした明るい性格が功を奏し、新との2人の生活を楽しんでいた。
「遥翔、ナイスタイミング!今日さ、なんか用事ある?」
「いや、別にないけど…。」
「マジ!?じゃあさ、ちょっとお願いしたい事あるんだけどいいかなぁ?」
「いいけど…なに?」
「これ!新に渡して来て欲しいんだー。」
静流から渡されたボストンバッグを反射的に受け取る。
「なにこれ?」
「着替え!あいつ、ここんとこずーっと職場に泊まり込みで仕事してるからさ。」
「え…、泊まり込み?」
「そ!…香織ちゃんのことでしばらくお休みもらってたからね…。かなり仕事が溜まってたみたいでさ。期限があるやつも多くて終わらないみたい。心配だからメールでいいから連絡しろって言ってんのに、全然連絡して来ないし!ホラ、新って研究に没頭しちゃうと食事すらしなくなるじゃん?だから着替え持ってくって口実で、様子見に行ってるんだけどさー。今日はどうしても行かなきゃいけない用事が出来ちゃったんだよねー!でも今日行かないともう着替えないからさ、遥翔にお願いしようと思って!」
だから、ずっと家にいなかったのか。
だから、連絡が途絶えたのか。
謎が解け、遥翔の心を支配していた影がスーッと晴れていく。
「んじゃそゆことでよろしくね!後でお礼するから!」
遥翔の頭をポンポンしてから、静流はバイバイと手を振りながら隣の自宅へと小走りで帰っていく。
新とはまるで正反対な性格だが、遥翔は静流の事が大好きだった。
それこそ遥翔の実の母親が嫉妬する程、静流に懐いていた。
そんな大好きな静流のお願いを、いつもなら二つ返事でOKするのだが、今回は少し戸惑った。
そもそも先に新を避けるようにしていたのは自分だし、不可抗力とはいえ電話もメールもスルーする結果になってしまった自分を棚に上げ、新の何を責められるのだろう。
そう思ったら、軽くなった胸の代わりに今度は足が重くなった。
けれど、静流から与えられたこの任務は遂行しなければならない。
新も着替えがなくては困るだろうし。
そして、避けていた事を謝ろう。
そう心に決め、遥翔は出かける準備を始めた。
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