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定番

会社近くの公園に入り、新をベンチに座らせると、無言で持ってきたもうひとつのバッグから水筒とタッパーやらを取り出していく。 「えーっと…ハル?これは…?」 まだ全身から怒りのオーラが出ている遥翔に恐る恐る声をかけると、目の前におしぼりを突き出される。 「とりあえずこれで顔と手拭け。」 「え?あ、うん…ありがと…。あ、ミントとレモンの香りがする〜。」 おしぼりを顔にあてたまま、新がはぁと幸せそうな吐息を漏らす。 レモンミントのアロマを垂らしたお湯で濡らしたおしぼりを持って来て正解、と遥翔は心の中でドヤ顔をする。 「その香り好きだろ。時間経っちゃったからおしぼりぬるいだろうけど…。」 「ううん、ちょうどいいよ。はー、気持ちいい。」 「手も拭けよ。」 「うん。あ、おにぎりー?」 バッグから取り出した黒い三角の物体を見て、新の声がワントーン上がる。 「どうせろくに飯食ってねぇんだろ?おかずも作ってきたから。急いでたから簡単なのしかねぇけど。」 タッパーの中には、だし巻き玉子や唐揚げ、茹でたアスパラなど、新の好きな物ばかりを詰め込んできた。 「嬉しい〜、ありがとハル。」 「食う時間なければこのまま持ってけ。」 「ううん、大丈夫。そのくらいの時間はあるから。いただきます。」 「ゆっくり食えよ。いきなりがっついたら胃がビックリするから。」 「はぁい。」 左手におにぎりを持ち、右手でだし巻き玉子を掴むと一口で頬張る。 「んーっ、これこれ、この味!ハルのだし巻きさん、久しぶりに食べるけど、いつ食べても美味しい〜。」 うんうんと頷きながら、左手のおにぎりにパクつく。 「あ、鮭だー。鮭好き〜。」 2年経っても、新の好物は変わらない。 こうしていると2年も離れていたのが嘘のようで、なんだか嬉しくなってしまう。 「だからそんな急にがっつくなっつーの。ああホラ、ほっぺにおべんとついてる。」 新の口端についた米粒を取り、それを自分の口に運ぶ。 と、いつからいたのか、目の前にいた園児が自分達のことを食い入るように見ている。 「えっと、きみは……?」 「ママー!このお兄ちゃん達ラブラブー!」 「へっ!?」 突然大声でとんでもないことを叫ばれ、周りにいた人達がなんだなんだとこちらを見る。 「コラッ、何やってるの!すみません…。」 「だって、ママとパパがやってるのと同じことしてたもん!ママもパパがほっぺにごはんつけてたら取ってあげるでしょ?なんで?って聞いたらパパがラブラブだからだよって言ってたー!」 「う、うん、わかったから。幼稚園行こうね。あの、ホントにすみませんでした。」 「いえ…。」 慌てて駆け付けた母親に何度も謝られると、園児を抱き上げ、2人というか母親が逃げるようにして去って行くのを、新は手を振り見送っている。 「なんだったんだ…。」 「あはは、可愛かったねぇ。ラブラブだって、僕達。」 「まぁ普通、男同士でやんねぇからな…。」 しまった…、と遥翔は項垂れた。 小さい頃からこんなことはごく当然の事のようにやってきたからなんとも思っていなかったが、傍から見たら異様な光景に映るだろう。 (ラブラブ、か…。ホントにそうなら嬉しいんだけどな。つか、マジで気をつけねぇと。) 自分はどう思われても構わないが、新が誤解される事だけは避けなければ。 「あ…、お茶、飲むだろ。」 「うん。」 魔法瓶に入れたおかげで、お茶からは湯気が立ち上がった。 熱いから気をつけろと言いながら新にカップを渡す。 ふぅふぅと息を吹きかける新の横顔が少しやつれている。 「新、おまえさ…、研究に没頭すると他のことなにもやらなくなる癖、どうにかしろよ。風呂とかはいいけどさ、食べるのまでやめるのとか…。食わないのはマジでぶっ倒れるからさ。しぃちゃんも心配してたし。俺…さっき会ったとき、おまえの顔色見て心臓痛かった。青白くて……。」 香織の最期を思い出した、という言葉を既で飲み込んだ。 代わりに、指先で新の頬を撫でる。 「……うん、ごめんね。自分でもダメだってわかってるんだけど…つい、ね。」 「おまえが何かに集中しちゃうと他をシャットアウトすんのなんて昔っからだし、今に始まったこっちゃねぇのはわかってんだけどさ。昔みたいに側で見守ってやれないから…心配なんだよ…。いつかぶっ倒れるじゃねぇかって。」 新なら過労死なんて事も有り得ない話じゃない。 香織が逝ってしまって、さらに新も…なんてことになったら、遥翔は生きていける自信がない。 体は生きていても、きっと心は死んでしまう。 そう思ったら、視界が滲んだ。 「ハル……僕…」 新が何か言いかけたと同時に、白衣のポケットからバイブ音が鳴る。 「研究室からだ……。ちょっとごめんね。」 スマホに表示された相手に軽くため息をつくと、通話ボタンをタップする。 新が電話している間に、こっそり涙を拭う。 「はい、北條です。……はい、わかりました。いえ、ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて。…はい、では。」 「戻る時間か?」 「ううん、僕の代わりに残りの分やっておくから、もうしばらく休んで来ていいって。」 「そっか、良かったな。じゃあ、ゆっくり食え。」 「うん。」 新は嬉しそうに笑うと、二つ目のおにぎりに手を伸ばした。

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