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鈍感
「……た、新!起きろ、電話鳴ってるぞ!」
「ん……?」
肩を揺さぶられ、パチ、と目を開く。
ポケットにしまっていたスマホが早く出ろと言わんばかりにブーイングを繰り返している。
いつの間に寝てしまったのか、新は遥翔の肩に頭を乗せていたらしく、ふと視線をあげると遥翔が心配そうにこちらを見ていた。
新は遥翔のこの顔が好きだ。
大好きだった父を喪い母と2人になってからは、こうして自分の事を本気で心配してくれるのは母以外では幼馴染み3人だけだった。
とりわけ遥翔は元から世話焼きな事も手伝って、時には母の静流よりも心配したことも少なくない。
その度に新は自分の事をこんなにも思ってくれる遥翔に、自分でも解らない何か特別な感情を持つようになった。
母に対する好き、とも、和臣や香織に対する好き、とも違う。
遥翔だけに対する「何か」。
遥翔がイタリアに行っている間も、その感情は変わらず新の中に存在し続けた。
むしろ、遥翔が近くにいないせいでその感情はさらに強くなった気がする。
「新?電話、出なくていいのか?」
「えっ、あ……。」
遥翔の声にようやくしっかりと目を覚ます。
電話は職場からだった。
「はい、北條です。……いえ、どうかしました?……はい……ええ、わかりました。今から戻ります。」
電話を切ると、ふぅ、と軽くため息をつく。
「戻るのか?」
「うん、僕じゃないとわからないらしくて…。」
「そっか、頼りにされてんだな。」
「だといいけど。ごめんね、僕いつの間にか寝てたんだね。」
「ああ、しかもおにぎり持ったまんまな。」
「えっ?」
クスクス笑う遥翔に、まるで子供みたいな事をしてしまった自分を恥じる。
「ごめん……。」
「謝んなよ、そんだけ疲れてたんだろ。あ、これ持ってけ。多めに作ったから、良かったら職場の人と食べな。」
そう言いながら、残ったお弁当を包み直す。
「わぁ、ありがとー!みんな喜ぶよー。」
「おまえもちゃんと食えよ?………あの、さ。まだしばらくかかりそうなのか?今やってる研究。」
「んー…あと少し、かな。どうして?」
「あ、いや…。ほら、体、心配だしさ。終わったら少しは休めるんだろ?」
「うん、休日出勤してるし、代休もらえると思うよ。」
「そか、良かった。早く終わるといいな。じゃあ俺、帰るから。くれぐれも無理すんなよ。後でしぃちゃんに連絡してやれよ?」
「ん。遥翔も気をつけて帰ってね。お弁当ありがとう、嬉しかった。」
「ん、じゃあな。」
公園を出て、反対方向に歩いて行く遥翔の背中を見送っていると、振り返った遥翔が早く戻れと口をパクパクさせながら、しっしっと手を振ってくる。
戻るフリをして踵を返し、少しだけ歩いて振り返ってみると、遥翔はまだこちらを見ていた。
そしてまたしっしっと手を振る。
その仕草が可愛くて新はふ、と笑った。
ずっと見ていたかったがこれ以上は本気で遥翔を怒らせてしまうので、新は後ろ髪を引かれながら職場へと足を動かす。
ロビーを抜け、受付の横を通り過ぎようとした時「北條さん!」と声を掛けられる。
「えっと……。」
「受付の藤川です。あの、今いいですか?」
「何?」
「あの…、さっき北條さんを訪ねて来られた方、北條さんの幼馴染みの方なんですよね?」
新を呼び出すのに遥翔がそう言ったのかもしれないが、赤の他人に自分達の事を言われた事がなんとなく気に障る。
「……それが?」
「実は私…、今朝電車で痴漢に遭ってるところを助けて頂いて。お礼がしたいと言ったら、お店に食べに来てと仰って。それで、あの…良かったら…」
「それ」
「え?」
「良かったら僕と一緒に行かない…?」
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