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不安
「あ……、ここかな?アトレ…ここですね!」
2日後、ようやく仕事の区切りがついた新は、受付嬢の藤川絵里奈と一緒に遥翔の勤務先であるイタリアンレストランの入口に立っていた。
レストランというよりは、バーのほうがしっくり来るような黒い重厚なドアを開くと、地下へと続く螺旋階段が姿を現す。
慣れない段差を手摺を伝いながら降りていくと、突き当たりのカウンターに遥翔の姿を確認する。
「いらっしゃいませ。2名様でいらっしゃいますか?」
遥翔の元へ行こうと足を向けた瞬間、小柄で猫目のウェイターに声をかけられる。
「はい。」
「カウンター席とテーブル席がございますが、ご希望はございますか?」
「カ…」
「カウンターで!」
「………。」
新より先に、絵里奈が身を乗り出すようにして答える。
「かしこまりました。コートをお預かり致します。」
スプリングコートをウェイターに預け、案内されながらカウンター席へ向かうと、2人に気づいた遥翔が目と口を大きく開いてこちらを凝視している。
「新!?」
「こんばんは。ごめんね、いきなり来ちゃって。」
「や、それは…良いん、だけど……。」
遥翔の視線が隣の絵里奈に向けられる。
「こっ、こんばんは!あの、私まだ自己紹介してなかったですよね。藤川絵里奈といいます。先日は本当にありがとうございました!早速来ちゃいました。」
ペコッとお辞儀をすると、絵里奈は肩を竦め、ニッコリと微笑みながら小首を傾げてみせる。
「あ、うん…ありがとう…。えっと、なんで…?」
同じ職場だし、新はどうやら有名らしいので面識はあるかもしれないが、部署も違うのに一緒に、しかも2人きりで来たことに、遥翔の胸がザワザワと騒ぐ。
「あ…、実は一昨日、北條さんが誘って下さって…。」
「新が…?」
てっきり絵里奈から誘ったのかと思ったのに、まさかの事態に更に胸がザワつく。
「あのね、ハル…」
「遥翔?お知り合いのお客様か?」
新が何か言いかけた時、カウンターに戻って来たコウがそれを遮る。
「あ、俺の幼馴染みと…同僚の方です。」
「そうですか。いらっしゃいませ、オーナーの如月です。」
「こんばんは。北條です。いつも遥翔がお世話になってます。」
「いえそんな、世話してもらってるのは私のほうです。遥翔は仕事覚えも早いし料理のセンスも良くて。お恥ずかしながら私が今片腕がこんな状態なんですが、遥翔はよく気が回るので、私が言わなくてもやって欲しい事をやってくれるので本当に助かってます。」
言いながらコウが遥翔の頭をポンポンと撫でる。
「ちょ、コウさん…。」
コウが頭を撫でてくるのはいつもの事で、遥翔もそれにすっかり慣れてしまったが、新の前だと子供扱いされているのを見られているようで、遥翔はなんだか恥ずかしくなる。
「……そうですか。ハルって昔からちょっとおっちょこちょいなところがあるから、大丈夫かなって少し心配してたんですけど、それなら良かったです。」
「ああ、たまにありますよ。でもそういうところがあって逆に良かったなって思います。完璧過ぎるのって可愛げないじゃないですか。そういう意味では遥翔は完璧ですね。完璧に可愛い。」
「コウさん!もう恥ずかしいですって!」
真面目な顔でまた頭を撫でてくるコウに、遥翔が赤面する。
「ふふっ、お2人とも、仲が良いんですね。」
じゃれ合っているようにしか見えない2人を、絵里奈がクスクスと笑う。
「ええ、可愛くて仕方ないですよ。俺は可愛いって思うんですけど、このルックスですからね、入ってまだ2ヵ月くらいなのに、遥翔目当ての女性客が増えてるんですよ。」
「やっぱりー!そうですよね!」
コウの言葉にうんうんと頷くと、絵里奈は意を決したように遥翔に声をかける。
「あの…!遥翔さん、って呼んでも良いですか?私の事は、絵里奈って呼んで下さい。」
「え?えっと…じゃあいきなり呼び捨てもなんだし、絵里奈ちゃん、で…いいかな。」
「はい!嬉しいです。」
満面の笑みを浮かべている絵里奈の隣で新も笑顔を浮かべている。
が、遥翔はその笑顔に不安を覚えた。
(新…?なんで怒ってるんだ…?)
小さい頃からの付き合いだからこそ、そして誰より新を見てきた遥翔だからこそわかる、新の笑顔の下にある本当の表情。
新がどうして怒っているのかわからない。
何か新の気の触ることをしてしまったのだろうか。
もしかして新は絵里奈の事が好きなのだろうか。
だから、絵里奈が遥翔に笑顔を向けることが面白くないのだろうか。
新は意外と独占欲が強く、嫉妬の沸点も低い。
新が絵里奈に好意があるのなら、この笑顔にも納得がいく。
覚悟してたつもりだけど、まさかこんなに早く次の相手が現れるとは思っていなかった。
新の隣に香織以外の女性がいる。
それだけで、こんなにも胸が締め付けられる。
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