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第12話 豹変
「高崎さん、めっちゃ背高くてかっこいいですねー!課長、こんなお友達がいるなんて隠しててズルーい!どこの飲み屋で知り合ったんですか~?」
何がどうズルいのか安藤には全く分からないが、とにかく早いところこの場を去りたいと思った。深く突っ込まれてゲイバーで出会ったことがバレたら色々とマズい。
「あの、僕達は今からランチに行くので……」
「えーじゃあ私達もご一緒していいですか!?」
最近の女性は皆こんなに強引なのだろうか。安藤は佐野にタジタジになりながらも、デートの邪魔をされたくないので必死に抵抗した。
「いやいや、休日まで上司の顔とか見たくないでしょう」
「他の上司は嫌ですけど、安藤課長は特別です!じゃなきゃ最初から声掛けたりしませんし。高崎さんが人見知りだからダメって言ってたけど、全然大丈夫そうじゃないですかぁ」
(や、やっぱり見破られてる……)
佐野と田中はどこで食べようかなど、もう行くつもりで話し合っている。
ここはランチだけでも一緒にしておいた方がいいのか、安藤は情けないのは分かっているが、どうしたらいいのか確認すべく仁の顔をちらりと見上げた。
すると仁は、ふうと軽く一息ついたあと……
「……俺、初対面の人と一緒に飯食うのイヤなんで、ついて来ないでもらえますか?」
「え?」
佐野と田中は、一瞬何を言われたのか分からないようだった。それは安藤も同じで、三人とも口をぽかんと開けて呆けた顔で仁を見た。
「えっ……と……?」
「ついて来ないでもらえますか?」
仁は同じ声のトーンで、今度は少しゆっくりめに繰り返した。ひどく辛辣な言葉とは裏腹に、にこやかな表情と口調は一切崩さないため、逆にそれが恐ろしく感じる。
安藤は仁を見上げたまま、思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
安藤たちのやりとりを何気なく聞いていたらしい周囲の人間たちも、仁の迫力に完全に固まっており、辺りは不自然な静寂に包まれていた。
「行こ、優介さん」
「あっ、うん。ゴメン佐野さん田中さん。また会社で……!」
フォローのつもりで声を掛けたが、聞こえていないのか二人は呆けたままその場を立ち去る安藤と仁の姿を見送っていたのだった。
「あっやばい、最後安藤さんじゃなくて優介さんって呼んじゃったよ」
映画館を離れてからの仁の第一声は、それだった。
「ごめん優介さん、変に思われたかな?」
「別に聞こえてなかったと思うから、大丈夫だと思う……」
「そっか!」
せっかくあの二人を振り切ることができたのに、未だ安藤は初めて見る仁の一面にドキドキしていた。仁はそんな安藤に少し苦笑して、
「ごめんなさい、俺だけが嫌われるぶんには別に構わないと思ったんだけど……やっぱり対応マズかった?」
「う、ううん!俺だって仁が人見知りとか変な嘘ついてたし!!」
「だよね、びっくりした。てか部下の人に俺のこと話したんだ?」
仁は安藤を責めている口調ではないものの、さっきのこともありなんだか咎められている気がして、安藤は少々ひやひやしながら答えた。
「あの……ノリノリだった方の部下に最近楽しそうですねって声掛けられて、それで週末に友達と映画観に行くって言ったら一緒に行きたいって言われたんだよ。……でもせっかく仁とのデートを邪魔されたくなかったから、咄嗟に嘘ついて……それで……」
一部始終を正直に答えたのだが、仁からの返事はない。
「仁、怒ったのか?」
「……どうしよう、優介さんが可愛すぎて今すぐ抱きしめたい」
「え!?」
「夜だったら多少人目があっても抱きしめるんだけど、昼のデートってそういうことがおおっぴらにできないから不便だな……でも、昼デートはしたいし……あー!」
どうやら仁は怒っているのではなく、それどころかひどく喜んでいるが、時間帯のせいで思うように行動できず葛藤しているらしい。
安藤は仁の年相応な姿を初めて目にした気がして、なんだか微笑ましいような、胸が擽ったいような感覚を覚えた。
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