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第16話 不調

 佐野結子(さのゆいこ)はここ最近ずっと、テンションの高低差が激しかった。  十月下旬の頃、入社して以来ずっと憧れていた上司の安藤優介が、秘書課のいけすかない派手な女――川島麗華(かわしまれいか)と別れたことを知り、テンションが爆上がりした。  その原因が麗華の浮気だったと分かると、課長と付き合っていながら浮気するなんて、あの女許せん! という気持ちと、でもおかげで課長がフリーになったから浮気してくれてありがとう! という気持ちが綯い交ぜになり、自分でもよく分からないほどテンションが上がっていた。  更に、これで次は私が課長と付き合える! という勝手な希望と妄想が拍車をかけて、毎日が薔薇色だった。  なので、同期で事務の友人田中に『最近のあんた、気持ち悪いよ』と言われても、全く気にならなかった。  しかし。  結子は安藤にこれでもかというほどモーションをかけまくったのだが、安藤は一向に結子に靡く気配はなかった。  結子のテンションは下がった。それはもう、周りが見て気の毒になるくらいに下がった。  しかし彼女は諦めなかった。それは友人田中の、『課長は優しくて真面目だからさ、すぐに他の女に乗り換えられるほど軽くないんだよ。それって逆に良くない?』という一言のおかげでもあった。 (そうだ、安藤課長はそんな人じゃない。今はまだあの女と別れたショックを引きずってるのかな……だったら凄く嫌だけど、とにかくすぐに他の女と付き合うなんて考えられないんだ。じゃあ私は課長がまた恋人を作る気になったときに一番近くにいて、ずっと私がそばにいましたよ、なぁんてことを言ってあげられるような存在になろう……!)  そう思った。  実際の安藤といえば、麗華と別れた後すぐに仁と出逢い、あっという間に心を奪われてしまったのだが、そんなことは結子の知るところではない。(たしかに他のではないが)  更に言うと、安藤はそれから四六時中仁のことしか考えておらず、結子やそれ以外の女性のアプローチなどどうでもよかった。 * 「はい、体調不良で……すみません、課長にもそう伝えてください」  スマホの通知を切り、結子は大きなため息をついた。  今から一週間前、友人田中と映画を観に行くと言った安藤を映画館で待ち伏せし、偶然を装って会いに行った。(協力を要請した田中には、夕食を奢る約束をした)  しかしそこで安藤の友人だという高崎(たかさき)というイケメンに、『初対面の人間とは飯を食いたくない、着いてくるな』と言われ、精神をズタズタに痛めつけられたのだ。  中の上ほどの容姿で、自分のことはまあまあ可愛い方じゃないかと思っていた結子は、同年代の男に冷たくされたことなんて小学生のときに男子とケンカをした以来、ない。  そうでなくとも、イケメンはたとえ表面上だけだったとして皆優しくて、特に女性には親切だと思っていた。 (私が勝手に思い込んでいただけど……でも大人のくせに、友人の部下に対して社交辞令でも食事くらいできないの?)  思い出すだけでむかむかする。暫くショックで落ち込んでいたけれど、ショックが治まればあとに残ったのは怒りだけだった。  今は直接的にはなんの関わりもなかった麗華より、直接話した高崎の方が百倍はムカつく。  そんなストレスがついに胃にきたのか、今朝は起床時から気分が悪くて会社を休むことにした。けれど会社に電話をしてしまえば調子が良くなった気がするから、なんだかズル休みをした気分になった。 「ハァ……でもコンビニに行くくらいは許されるわよね」  元気になった気がするといっても、うっかり遊びになど出掛けてそれを会社の人間に見られたら大変だ。  しかし結子は一人暮らしだし、冷蔵庫にはほとんど何も入っていないのも事実なので、近くのコンビニに行くくらいは許されるだろう。  結子はすっぴんのまま部屋着にダウンコートを着て、マンションの部屋を出た。

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