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第26話 仕様
今夜はクリスマス・イヴだ。
仁との約束は午後から――というか、珍しく夜からなので安藤は仕事が休みの今日、珍しくのんびりと家で過ごしていた。
しかし、別にダラダラしていたわけではない。
今日もきっと仁はデートのあと安藤の家に来るだろうから、少しだけ部屋をクリスマス仕様にしていた。と言っても百均で買った小さなツリーを飾っただけなのだけど。
(自分の部屋にこんなものがあるなんて、なんか変な感じがするなあ)
実家では毎年大きなツリーを母親が飾っていたが、一人暮らしを始めてからは街中で見かける以外で目にしたことは無かった。
その時の彼女と過ごすのも自宅ではなくてホテルの方が多かったため、こんなふうに部屋に小さなツリーを飾る必要もなかった。
(今後仁と暮らすようになったら、そのときはもう少し大きめのものを買おうかな)
そんな想像をして、ふと笑みを浮かべた。
(家族と過ごしたクリスマスの思い出話を聞きたいし、俺も新しい思い出を作ってあげたい)
そんな安藤の想いは、仁には重くて迷惑かもしれない。
でも、仁には少し重いくらいがちょうどいいのではないか、と安藤は思うのだ。
早く夜にならないだろうか。
夜景が綺麗に見えるレストランはほぼ予約が埋まってて取れなかったが、グレードは落ちるが一応それなりのところを予約してある。取引先への接待で使った店なのだけど、食事が凄く美味しかったので仁にも食べて貰いたいと思ったのだ。
(こんな場所知ってるなんて、やっぱり優介さんはオトナだって思ってくれるかな)
安藤が大人なのは当たり前で、仁も年齢的には十分大人なのだが。
安藤がわざと大人っぽく振舞うと、何故か仁は嬉しそうな顔をするから。
(別に、中身は仁と同じようなもんなんだけどなぁ……)
それでも、やはり経験年数の違いからか安藤はなんとなく仁よりも心の余裕がある。灰音に仁の家族の話を聞いてから、余計にそうなった。
安藤といるときの仁は楽しそうだけれど、時々切ない表情をすることにも気付いている。
きっと、安藤と別れなければいけないと思っているのだ。
(そんなことはしないし、させないよ、仁。お前が俺のことを好きでいてくれてる限り……)
安藤はわざわざこの日のために新調したとびきりお洒落なスーツに身を包み、いつもと違う雰囲気に髪をセットした。自分もクリスマス仕様というやつだ。
スーツはオーダーにしたので少し値が張ったが、仁と付き合う以前恋人がいても仕事ばかりしていて生活費以外ほとんど貯金を使っていなかったせいか、実は安藤は結構小金持ちだ。
悩みに悩んで購入したクリスマスプレゼントも用意したし、あとは出掛けるだけだ。
(最高の夜に、なりますように)
しかし、待ち合わせをした時刻と場所に現れたのは、仁ではなくて部下の結子だった。
「……あれ、佐野さん?」
「え? ……あ、安藤課長ぉ!?」
結子は安藤の姿を見て、何やら妙に慌てふためていた。
毎日会社で会っているのだから、新宿駅で偶然会ったくらいで――少しオシャレはしているものの――そこまで驚かなくてもいいのではないか、と思ったけれど。
「えっと……佐野さんはこれからデートなの? 待ち合わせ?」
「は、はい! デデデートというか、なんというか……。それよりあの、課長も待ち合わせか何かですか!?」
「うん」
安藤は、結子に声をかけなければ良かったと思った。
偶然そこに部下がいたので思わず声を掛けてしまったけれど、仁が今ここに現れたら結子に、クリスマスまで一緒に過ごすなんてなんて仲が良いのだろう――もしかしてただの友人ではないのではないか――などと邪推されそうだ。
結子は、以前映画館で仁と会ったときに失礼な態度を取られたから、もう二度と仁には会いたくないと思っているのではないだろうか。その後の数日間、彼女の落ち込みぶりは仕事に支障をきたすほどひどかった。
それに、仁に結子と一緒にいるところを見られて妙な勘違いでもされたら困る。正直それが一番困る。
様々なアクシデントを数秒で予想して、結果安藤は結子から少し離れた場所に移動しようと決めた。
「あの、佐野さん――」
移動することを告げようとした途端、急に胸ポケットに入れていたスマホが震えた。
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