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第29話 本気
「優介さん……どうして来たの……?」
安藤の予想していた通り、仁は中にいた。
しかし安藤を出迎えてくれた仁は、まるで一晩泣き腫らしたかのように目が赤くなっており、その上徹夜でもしたようなひどい隈を作っていた。
「と、とりあえずここじゃあれだから、中に入ってもいいか……?」
「……うん」
安藤は、その時点で幾らか安堵した。
ドアを開けてくれたのはいいが、部屋に入れても貰えず力ずくで追い返される可能性も考えていたのだ。もし力で押しのけられたら、いくら愛があったとしても屈強な体格の仁に安藤は絶対に敵わないだろう。
だけど今の仁の雰囲気はとても弱弱しくて、まるで小さな子どものようにも思えた。
部屋の中は相変わらず物は少ないものの、食べ物のゴミ等で散らかっており布団も敷きっぱなしだった。
部屋に入ってもなんだか仁がぼんやりしていたので、安藤は座る場所を作るためにさっと布団を畳むと部屋の隅に寄せた。ゴミも出来る限り片付ける。
部屋の中央が定位置のちゃぶ台は出さなかったので、安藤と仁は畳の上で正座をし向かい合うという奇妙な構図になった。
「仁、言いたいことは山程あるけど、とりあえず……」
「あのね優介さん、俺本当はクリスマスって大嫌いなんだ……特にイヴは」
「えっ?」
安藤は一先ず仁を落ち着かせようとしたのだが、それを遮るように仁がポツポツと話し出したので黙ってそれを聞くことにした。
「俺の家族が死んだのは、イヴの夜だったんだ……毎年この日は家族みんなでイルミネーションを見に出かけてたんだけど、そのとき俺は中二で、もう家族よりも友達と過ごしたかったから一人だけ別行動してたわけ」
「………うん」
「俺が友達と遊んでるときに、家族は高速道路のトンネルの中で飲酒運転のトラックに正面衝突されてさ……全員即死だったんだって」
「仁、」
無理に話さなくてもいいと言うつもりだったが、俯いていた仁が急に顔を上げて、安藤に弱弱しく微笑んだので何も言えなくなった。
「灰音 にはここまで詳しく話してない。話したのは、優介さんが初めてだ」
「え?」
「灰音に聞いたよ。俺のこと、わざわざ聞きに行ったんだろ?」
「!!」
(あ、あのバーテン……!秘密って言ったのに、やっぱり口が軽いな!!)
「ごめんっ!仁のいないところで勝手なことして……!」
「別に俺、そのことは怒ってないよ。灰音と浮気でもしてたらそりゃあ怒るけどさ……って、別れようって言った俺が言えた義理じゃないけどね」
仁の自嘲気味な物言いに、安藤はぶんぶんと首を横に振って否定した。
「仁!俺はお前の過去を知ったところで別れるつもりはさらさらないよ。そんなことは関係ない。それと俺の将来を壊したくないとも言ってたけど、俺の将来のことは俺が決める。っていうか俺はもう30だし、どっちかっていうとおまえの方が大事だろ、将来とかそういうのは」
「うーん、でも俺、自分の将来に期待とかないし……昇進するって野望も、結婚する予定もないからなぁ」
「結婚は俺とすればいいだろ!」
安藤は、勢い余って前につんのめり、仁の両肩を掴んでいた。
安藤の勢いに仁は少し引き気味だったが、実際に身体を引いたりはしなかった。
「んん?まあ法律関係のことは一先ず置いとくとして……優介さん、それ本気で言ってる?俺と結婚したところで子どもはできないし、家族にも祝福して貰えないし……」
「子どもが欲しくなったら、養子を貰えばいい」
安藤の現実的な回答に、仁はようやく安藤がその場凌ぎのノリで『結婚しよう』と言っているのではない、と理解した。
「……本気なの?」
安藤の真剣な表情に、仁は今度こそ狼狽えた。
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