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怖がらないで

指揮官用のテントに入り、床に下ろすと物珍しそうにキョロキョロと中を見回している。 必死に逃げようとしたのか、小さな手の爪も剥がれかけて血が滲んでいる。 救護班……はいないし、他の奴等に任せるくらいならと俺が応急処置をした。 治癒魔法が使えたら良かったのに。 あどけない顔に残る大きな傷痕。 この傷だって適切な処置を受けていればもっと目立たなく出来ただろうに……。 「緊張しなくて良い。ゆっくり寛いでくれ」 首を傾げキョロキョロした後、木箱の隅に隠れる様に座った。 ……狭い場所の方が落ち着くのか、あんな事が有った後だ……まだ警戒しているのか……。 下着も履かされていない、一枚布のワンピース。 そこから覗く足はか細く頼りない。 「何か食べるか?……と言っても野営でたいした物は出せないが……」 ふるふると頭を横に振る。 まだ何も喋ってはくれない。 運命の番は惹かれ合うと聞いていたが……この子は全く俺に何も感じていない様だ。 運命だと感じたのは俺の思い違いだったのだろうか? 怖がられては無いようだが……。 「隊長、あのオメガの事がわかりました」 テントの外から声を掛けられた。 一人にするのは忍びないがこの子の事をこの子の前で話すのも躊躇われる。 「少し話をしてくる。待っていてくれ」 頭を撫でるとくすぐったそうに此方を見上げてくる。 媚びを売るでもなく、へつらうでもない。 俺の番。 なんて可愛いんだ。 俺は夢にまでみた『運命の番』との出会いに完全に舞い上がっていた。 後ろ髪を引かれながらテントを出て……やっぱり不安なのでテントの前で話す。 「誘拐団の話によると、彼の名はマシロ、16才です」 「16?あの大きさでか?」 12才くらいかと思った。 番がこんな子供とは、と驚いたが6才差なら十分許容範囲だし彼が大人になるまで待つつもりでいたが、2つしか違わないのか……。 「農村部の夫婦の子のようです。産まれてきた子がオメガだと知り銀貨5枚で売られた様ですね」 「俺の伴侶の値段が銀貨5枚とはな……」 田舎の方では未だにオメガを虐げている土地もあるとは聞いていたが……。 新人騎士の1ヶ月の給金にも満たない値段に悲しくなる。 「母親役としてついていた女は満足な量の飯を与えず再三注意を受けていた様です」 それで成長が遅れているのか? オメガは華奢な者が多いは多いが……小さ過ぎる。 「その都度、悪びれる事なく母親は私だと、生きていける位には食べさせている。細身の需要もあるだろうと突っぱねていたそうで……しかし半年ほど前、泣き叫ぶ声を聞いて駆けつけた時、斧を持ってあの子を切りつけていたところをその場で射殺されたとの事です」 誘拐団が自ら……商品……となるオメガを傷付ける事は無いだろうと勝手に事故だと思っていた。 事故ではなく……あの傷は……母親と慕う者につけられたのか……。 あの子の心の傷はどれ程大きかった事か……。 「商品にはなりませんが……アルファの報復を恐れて、放置する事にしたようですね。食料の供給を止めたのにどうして生きているのか誘拐団の奴らも不思議だったそうです」 「……………」 半年……俺の不調が現れ始めた時か……。 どうしてあの時、俺は放置してしまったのだろう。 何故本能のままに全てを投げ出して動かなかったのか……。 この子にこんな傷をつけたその女を俺自身の手で始末したかった。 今すぐ彼をこの手で抱きしめて上げたい。 番に不幸な境遇に気付けず動かなかった自分を謝罪したい。 「ご苦労。明日から急ぎ帰還する。今日は皆、良く休めよ」 「あの……襲った奴の処分は……」 「……あんな奴等でも王に預かった兵に代わりはない……国へ戻り上に委ねる……」 衝動に駆られ殺してしまいたい……自制の効く上級種の血が恨めしい。 ここで殺して……血の匂いの染み付いた体でマシロの前に立つのも憚られる。 怒りと自責を噛み殺し、テントの中へ戻った。 「マシロ……?」 マシロがいない……。 入り口は俺が塞いでいた。 何処へ……? マシロの座っていた場所のテントの裾の地面に、引き摺った様な跡がある。 自分で逃げ出した? それとも無理矢理連れ去られたか……。 ……もし誰かに捕らえられていたら…… 先程、男に襲われていた姿が頭に蘇る。 俺カラ番ヲ奪オウトスル奴ガイル ドクドクと体中が脈を打つ様に熱い俺を中心に風が巻き起こり、テントがバサバサと忙しなくはためく……。 「隊長!!何が……!?うわっ!!!」 異常を察知した兵士がテントを開けた途端に吹き飛んだ。 「俺ノ……マシロ…消エタ……オ前カ……?」 総毛立つ様に、髪がユラユラと天を指す。 「ちっ違います!!早く探しましょう!!遠くにはいってない筈です!!」 探す……そうだ。 早く探さないと……。 怯えた兵士達を尻目に俺はマシロの匂いを探った。 行き着いたのはマシロの家。 マシロ以外の匂いはしない。 「マシロ!……マシロ!!」 小さな小屋の様な家なのにマシロの姿はない。 でも匂いは確かに…… 「………ここか?」 床に……分かりづらいが切れ目がある。 扉はあっさり開いた。 閉じ込められていた訳ではなそうだ。 地下への扉を開くと、松明の明かりに眩しそうに手で目を瞑るマシロ。 怪我などはなさそうだ。 暗闇の中、体を小さくしていた体を抱きしめた。 「良かった……残党に連れ去られてしまったかと思った……」 家から離れるのがそんなに不安だったのか……。 それもそうか……あんな事をされた後に訳も分からずテントに連れ込まれては怯えてしまうよな……。 浮かれすぎて配慮が足りなかった。 見つかり辛いように隠された扉……。 土が剥き出しの小さな床下には保存食と思われる物が積まれている。 「ここは……食料庫か?こんなに沢山……」 何故だ……? 誘拐団はこの子の食事を止めたと聞いた。 何故こんなに沢山の食料が……。 この食料がこの子の命を繋いでいたのか。 俺が食料に気を取られていると、マシロは大事そうに白い粉の入った、硝子のビンを胸に抱き込んだ。 「これを取りに戻ったのか?言ってくれれば取りに行かせたのに」 大人しく触れさせてくれるが、まだ警戒を解いてくれず、何も答えてはくれない。 何の粉だろうか? それにこの保存食の量……何の為に? マシロを抱いたまま立ち上がった。 「これはお前の母親が残してくれたものか?」 母親……その言葉にマシロは嬉しそうに頷いた。 初めて俺の言葉に応えてくれた。 この子は……。 「マシロはお母さんが大好きなんだね」 ずっと表情の抜け落ちた様な顔をしていたマシロが満面の笑みで頷いた。 母親に……満足な食事を与えられず、こんな傷を付けられ……それでもこの子は母親を愛している。 強く抱きしめた。 この子の母親を殺したいと思った自分を恥じた。 この子は未だにこんなにも母親を慕っている。 腕の中でモゾモゾ動いていたマシロが……母親が子をあやす様に俺の頭を撫でた。 この子は愛を知っている。 愛されていた記憶がある。 知りたい……君に何があったのか……君の心を知りたい……。 そして……。 母親に向けてではなく……。 俺に向けてその笑顔を見せて欲しい……。

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