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憧れの世界

これは知っている。 初めて見たけれど『馬』だ。 お母さんが読んでくれた本に出てきた王子様が乗っていた。 じゃあ、タイチョーさんは王子様? 後ろにも前にも馬に乗った人がいっぱい。 王子様っていっぱいいるんだなぁ……。 僕は王子様じゃないけど……乗ってていいのかな? 馬の背中の上に後ろからタイチョーさんに抱っこされる様に支えられている。 タイチョーさんはブカブカだけどキレイな服も着せてくれた。 ブカブカ過ぎて歩くと転けるので危険だけど。 馬の首にこっそり手を伸ばして触れてみる。 暖かい……。 急にブルブルっと首を振られ、バランスを崩した体をタイチョーさんが笑いながら支えてくれた。 「馬は初めて?」 首を縦に振ると目の前をチョウチョが通り過ぎ、乗り出した身を引き寄せられ、胸の中に収められる。 「休憩になったら、散歩をしよう。だからそれまでは大人しくしていてくれるか?」 落ちたら危ないからな……と頭を撫でられた。 下を見ると……確かに高い。 落ちない様にタイチョーさんの腕にしがみついた。 僕を支えてくれるその腕は僕の腕とは比べ物にならないぐらい力強くて、安心して体を任せる事ができた。 湖で馬に水を飲ませる為に、ご飯の時間だそう。 タイチョーさんは約束通り散歩に連れて行ってくれた。 一度逃げ出しているので、手を握られたままだけど。 湖は太陽の光でキラキラ輝いて宝石みたいだ。 湖の周りをぐるりと歩いているとタイチョーさんに手を引かれた。 「ホタル石だ……こんなにたくさん珍しいな」 タイチョーさんは湖の淵に屈み込むと湖の中から何かを拾って僕の手に乗せてくれる。 タイチョーさんの綺麗な服が濡れてしまったけどタイチョーさんはニコニコ笑っている。 白っぽかったり、青かったり……ぼんやりと光って見える石。 キレイ……。 タイチョーさんは袋を取り出しいっぱい拾ってくれる。 ここはあの塀の中じゃない。 タイチョーさんは怖い人じゃない。 もし怖い人が来ても、強いタイチョーさんならきっと大丈夫。 「……ありがとう」 お礼を告げるとタイチョーさんは目をまん丸にして……星をキラキラさせている。 「お前……喋れたのか?何故今まで黙っていた……」 「ごめんなさい……声を出したら…また誰かが殺される……かも……お母さん……僕が泣いたせいで殺された」 頭を下げた僕の顔を慌てて包み込み上を向かされる。 「責めているんじゃない……皆が殺されると思って喋らずにいたのか?」 僕が頷くとタイチョーさんの眉が下がった。 「どうして俺には、喋ってくれたんだ?」 「タイチョーさん……誰も殺さないし……誰にも負けないと思ったから」 「うん……誰も殺さないよ。信用してくれてありがとう………」 嬉しそうに抱きしめてくれる腕はとても力強い。 「もう大丈夫……君を傷つける者はもういないから……」 優しく……僕の傷跡を唇がなぞっていく……。 こんなに優しいキスをしてくれるのはお母さん以外初めてで……。 キラキラの瞳に胸が暖かくなる。 「俺の名前はティオフィルだ」 「ティオ……フィルさん?」 タイチョーって名前じゃ無かったのか。 「名前を……お前の口から名前を聞かせてもらっても良いか?」 僕の名前?もう知っているのに? 「………マシロです」 「マシロ……良い名前だな」 「うん。お母さんの名前はヤシロ。お母さんから貰った大事な名前」 名前を誉められて嬉しくなる。 大切な、大切な名前だから。 ティオフィルさんに手を繋がれて耳も尻尾もない人の間を歩く。 布のかけられた大きな檻の前を通った……この中に街の人たちがいる……。 僕だけ歩き回って……いいのかな。 「ティオフィルさん……皆にも……綺麗な石見せたい」 「わかった………おい、ハンソン!!」 呼ばれたハンソンさんが布を捲り、鍵を開けると中にいれてくれた。 中には僕より小さな子達しかいなかった。 よかった……大人の人たちは僕を嫌っているから……。 「………」 ハンソンさんに怖がって隅っこにいたけれど、僕が入っていくと皆ゆっくりと集まってきた。 ティオフィルさんが採ってくれた石を袋から出すと、日向で見るよりキレイに輝いた。 外の景色のお裾分け。 「……うわぁぁ!!きれい!!」 みんな石を持ち上げたり、手の上で転がしたりして遊んでいる。 「マシロさん……お戻り下さい」 僕も皆とここに居たい……やっぱりあの広いテントは落ち着かないし、耳と尻尾の無い人達は怖い。 ハンソンさんの言葉に檻を掴んで首を横に振った。 するとハンソンさんが中に入ってきて、皆が怖がってまた隅へ逃げる。 ハンソンさんは僕の前にしゃがみ込んで入り口を指し示す。 「私が隊長に叱られてしまいます」 僕だけ外に出してもらえるのは忍びなかったんだけど……ハンソンさんにも皆にも迷惑をかけたみたいだ……。 大人しくハンソンさんに従った。 外に戻るとティオフィルさんが待っていてくれていて、肩に手を置かれる。 「食事の準備が出来た様だ。行こうか」 「皆の食事は………?」 「心配しなくても、ちゃんと用意してある」 ティオフィルさんに連れられて、小さなテントに入ると食事の準備がされていた。 「お前の母親の保存食を勝手に使わせて貰った……慣れた味が良いだろ?」 「あ……ありがとう……」 家から持ち帰ってきた粉をいつもの様にかけてから食べようとして止められる。 「その粉……ちょっと良いか?」 僕が渡すとティオフィルさんは指先に取って舐めた。 何かを考え込んでいる………いけないモノなのかな? 「……マシロ。こんなことを聞いてすまない……これはお前の母親に渡されたものか?」 「お母さん……いつも言ってた。僕だけの人が僕を見つけてくれるまでは飲み続けなさいって……」 「………そうか」 そう言ったその顔はひどく寂しそうな顔だった。 ティオフィルさんの顔はクルクルとよく変わる。 ティオフィルさんの心は……僕にはちょっと分かり辛い。

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