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運命の番が無反応だった場合……
『僕だけの人が僕を見つけてくれるまで………』
頭の中は先程のマシロの台詞でいっぱいだった。
俺はマシロの特別ではない……。
「隊長、大丈夫ですか?もう少し休憩を取った方が……」
「大丈夫だ……進むぞ……」
自分の思いと同じものを相手に押し付けて、返して貰えないからとやさぐれている時ではない。
マシロが俺を想ってくれていなくても俺にとって特別な事に変わりは無いのだから早くあの子に平穏を与えてあげねば……。
沈んだ気持ちに鞭を打って立ち上がった。
「ハンソンさん、隊長は何故あんな案山子の様な顔に……あんな顔初めて見ました」
「あれが本物のアルファと言う生き物だ。どんな鬼人でも好きになったオメガの一言で案山子になってしまうものなんだ」
兵達の会話に言い返す気にもなれずマシロの待つテントに戻った。
――――――――――――――――
「早く元に戻って貰いたいものですね……」
後ろからついてくる兵達がヒソヒソ話しているのが聞こえる。
「隊長に気を張っていてもらわないと……いつ魔獣が出てくるかわからんからな……」
俺は魔獣避けか……実際この旅で1度も魔獣は見ていないが。
…………。
俺の前に乗っているマシロの頭を見つめながら、マシロの待っている相手とはどんな奴かを考える。
俺は確かにマシロに運命を感じた。
今もマシロからは甘い匂いが香っている。
この匂いは運命では無いのか?
モゾモゾ動いていたマシロがこちらを振り返ってきた。
「……ティオフィルさん……あの……ご飯美味しかったです。ありがとうございます」
見上げてくるぎこちない目。
気を使わせてしまったか……。
心配をしてくれるのは嬉しいが…………情けない男だな。
気を使わせないように気をつけよう。
「どういたしまして」
俺が笑いかけるとマシロも安心したように笑ってくれた。
運命じゃ無くても良い……この子が誰を選んでも笑顔でいてくれる様に守っていこう。
「…………」
何だか、今度はマシロの様子がおかしい。
落ち着きなく動いている。
飽きてしまったか?
……っ!!
あまり密着すると困った事になるので離していた腰にマシロがお尻をくっ付けてきた。
「ごめんなさい」
モゾモゾとお尻を振ってくる。
ごめんなさい?
何のごめんなさいだ!?
俺と密着したくて自分から腰を押し付けちゃってごめんなさい?
俺としたくて我慢出来なくてごめんなさい?
いやいや……まさかそんな……こんな純真なマシロがそんなことするわけない。
自分の願望を慌てて打ち消した。
「マシロ……すまない」
後ろから抱きしめて、マシロの肩に顔を乗せて大きく息を吸い込んだ。
胸いっぱいにマシロの香りが広がる……よし!!
これで大丈夫だ。
この香りだけで十分満足だ!!
「……よし。皆止まれ!!今日はここで野営する!!」
これ以上密着していたら事件が起こるからな!!
マシロは元々食が細い様だが、全然食べてない。
「どうした? 食欲ないのか? どこか悪いんじゃ……」
早く連れ帰りたくて先を急いでしまった………無理をさせただろうか?
おでこに手をあてるが……熱では無さそうだ。
「大丈夫です……ごめんなさい」
モゾモゾとして座り直した瞬間にマシロが飛び上がった。
「……お尻か……」
馬に慣れてないであろうから敷き布を沢山して気をつけていたつもりだったが……。
馬に慣れていない新人騎士では良く有ることなので薬も持ってきている。慌てて薬を取りに行った。
「薬を塗ろう、見せて」
テントに戻るとマシロの体を膝の上にうつ伏せに寝かせると、ズボンを下ろした。
可哀想に……真っ白なマシロの肌が真っ赤に擦れて血が滲んでいる。
さっきの馬の上での事はこれか……我慢なんてしないで言ってくれれば良いのに。
直ぐに薬を塗ってやらなければ……明日の事も考えないとな。
形ばかりの近隣の村への聞き込みも無いので帰りは早いが……急いでもあと半日以上は掛かるだろう。
薬がしみたのか膝の上のマシロの体が跳ねた。
「………うぅ……」
尻尾も耳も、痛みに垂れ下がり力なく震えている。
小さなお尻に薬を塗る手を慌てて引っ込めた。
傷の事で頭がいっぱいになっていたが……俺は何て事をっ!!
強張って震える小さなお尻。
………これは治療!これは治療!!これは治療!!!
雑念を追い出しぎこちない手で薬を塗ると、力加減が上手くいかずにマシロの体がまた跳ね上がる。
「あぅっ………!!」
俺は上級種のアルファだ!耐えろ!!
神に祈りを捧げながら何とか薬を塗り終え、当て布をして治療が終わった。
辛かった………今までのどんな騎士の訓練よりも辛かった。
俺の着替え、寝袋、集めてきた落ち葉全てをかき集めて作った寝床にマシロを寝かせると、疲れていたのだろう、直ぐに眠りについた。
眠ったのを確認してテントの外に出る。
「ハンソン、お前入り口を見張っていろ!だがけして中に入るなよ。覗くのも禁止だ!」
マシロの可愛い寝顔を見た奴コロス。
周りの連中にも殺気で牽制する。
「え?隊長はどちらに?」
「馬車を作りに行ってくる。誰もテントに近づけさせるなよ」
頭の中はマシロのお尻でいっぱいだった……。
このまま続ければ俺がもたない。
剣を抜き……気持ちを落ち着けると剣に風を纏わせる。
剣を振って木を切り倒し、板へと切り裂いていく。
ふん、木材はこれくらいで良いか。
蔓を集めて組み立てるとつむじ風を起こして葉を集めて敷き詰める。
小さな小さな馬車が出来た。
簡易だが馬に乗っているよりは楽な筈だ。
満足してテントに戻り椅子に腰掛けた。
マシロは良く寝ている。
その寝顔を眺めながらゆっくりと目を閉じた。
―――――――――――――――――――
よほど疲れていたのかマシロは朝になっても目覚めない。
このまま寝かせておいてあげたいが、早く国に帰って休ませてあげたいし……。
敷いていた布ごと抱き上げても目覚める様子はなく、腕の中の軽い身体を作った馬車に寝かせてやる。
気に入ってくれると良いのだが……。
兵達に朝食を取らせると、マシロを起こさないように静かに出発をした。
もしもの為に馬車の両側に二人つけて、林を抜ける。
昼に差し掛かった頃、後ろで動く気配がした。
「目が覚めたか?」
後ろを見るとぼんやりとした寝惚け眼と目が合う。
まだ状況が判断出来ないのかキョロキョロと視線をさ迷わせた。
「即席の馬車で乗り心地は良くないかもしれないが、横になっているといい」
小さな馬車から顔を出す姿は巣箱から覗く小動物みたいだな。
ハンソンも同じ事を思ったのか、にへらっと緩んだ顔をで頭を下げるとマシロもぺこりと可愛く頭を下げる。
……そっと睨むとハンソンは慌てて視線を前に戻した……。
「ティオフィルさん、ありがとうございます」
「ん……危ないからあまり顔を出さない様にな……」
マシロは俺だけ見ていてくれれば良いし、マシロを見るのは俺だけでいい。
景色を楽しむのは帰った後、二人で旅行でもして存分に楽しめば良い。
その為に壁で囲ったんだから。
「はい」
俺の言葉に素直に返事をして顔を引っ込めた。
じっとマシロの視線を感じて自然と背筋が伸びる。
マシロが俺を見ている……。
ドキドキと横目で盗み見るとポケットからホタル石を取り出していた。
石はオメガの子らにあげてしまったのかと思ったが自分の分も確保していた様だ。
気に入ってくれていたんだな。
青い光のホタル石。
もしかして俺の瞳の色だから……とか…………まさかな。
幸せな妄想に夢は広がる。
そうだ、運命だとか運命じゃ無いとか関係ないじゃないか。
幸いマシロにはまだ特別な相手がいないんだ。
これからいっぱい俺が出来る男だとアピールして好きになって貰えば良いだけだ。
書状を持った早駆けの兵を先に行かせたので、今頃マリユスが俺の家を手配してくれているだろう。
流石に騎士の宿舎にマシロを連れ込む訳にはいかないから、要望を存分にしたためた手紙を送った。
俺とマシロの愛を育む愛の巣だ。
マシロとの二人の生活……夢は何処までも広がっていった。
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