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本物の王子様

「街が見えてきた。もう少しだから我慢してくれ」 ぼんやりとティオフィルさんの背中を眺め続けていると、ティオフィルさんが不意に振り返ってた。 ……街? 顔は出さない様に言われていたので、ティオフィルさんの背中越しに目的地を見ようと背伸びをしてみる。 ゴンッ!! ふかふかの床と揺れる馬車の上でバランスを取れずに壁に頭をぶつけた。 「止まれっ!!」 ティオフィルさんの声に顔を上げると馬から降りたティオフィルさんが覗き込んでいた。 「大丈夫か?怪我は?」 「大丈夫です。ごめんなさい……街を見てみたくて立ち上がってしまいました……」 僕のせいで皆の足を止めてしまった……ちゃんと大人しくしておかないと……。 居住まいを正して頭を下げた。 「そうだな……退屈させたな。体の具合はどうだ?」 体?お尻の事かな? 「ティオフィルさんがお薬を塗ってくれたので今日は痛くないです」 「そ……そうか。あと数分で街に着く。体の調子が良いなら此方へ……」 差し出された手を取るとふわりと抱き上げられた。 「辛かったらちゃんと言うんだぞ?」 馬の上に乗せられて、頷くとひらりとティオフィルさんも馬の上に乗った。その流れるような動作に僕もこんなにかっこよくなれたら良いのにとお尻を擦って落ち込む。 これが王子様と普通の人間の差なんだな……。 尻尾でペシリとティオフィルの脇腹に嫉妬がバレないようにささやかな攻撃をしてみた。 「どうした?」 「……いえ、すみません」 尻尾を自分の腰に巻き付けると前を向いた。 丘の上から眼下に大きな街が広がっていた。 「すごい大きな街……」 僕が住んでいた街とは比べ物にならない。 大きな建物もいっぱい有って……あれはお城だ! 「小国とはいえ王都だからな。さぁ進もう」 ティオフィルさんの合図で馬が進み始めた。 徐々に街が近づいてくる 「ティオフィルさんはあのお城に住んでるの?」 「あの城で働いてはいるが住んではないな」 王子様はお城に住んでるんじゃないの? 「王子様なのに?」 僕の言葉にティオフィルさんは声を上げて笑った。 そんなにおかしな事を言ったかな? 「残念ながら只の雇われ騎士だよ。王子様が良かった?」 ずっと王子様だと思ってた。 じゃあハンソンさん達もみんな騎士さんなのか。 「馬に乗ってやって来るのは王子様って絵本に書いてたから……ティオフィルさんキラキラしてたし……ごめんなさい」 「謝らなくて良いよ。出来れば俺はマシロの王子様になりたいけどね」 僕の? 「王子様にはどうやったらなれるの?」 「ふふ……さぁ?マシロはどうやったらなれると思う?」 王子様、王子様……になる方法? お城で産まれるか……。 「お姫様と結婚?」 「じゃあマシロ……俺と結婚してくれる?」 いきなりティオフィルさんの目が真剣な物に変わり手を握られた。 「僕お姫様じゃないし……僕と結婚しても王子様にはなれないですよ?」 「……王子様になれなくても良いから……マシロ、結婚して?」 僕の手を握るその手に痛いくらい力がこもる。 結婚……夫婦になって……子供産むとか? そもそもそのつもりだし。 結婚なんてしなくてもアルファの赤ちゃんを産むのがオメガである僕の『運命』。 「ティオフィルさんとは『運命』だから…………はぐっ!!」 後ろから勢い良く抱き締められた。 「ああっ!ごめん!!……でも本当?本当に俺と結婚してくれる?」 青い瞳が今までに無いくらいキラキラ輝いている。 「は……はい。お願いします」 勢いに気圧されてしまう。 「たっ……大切にする!!ハンソン!サム!!聞いたな!?お前達が証人だぞ!!」 「「はいっ!!」」 後ろについていたハンソンさんともう1人の男の人が大きく返事をした。 …………で? 赤ちゃんどうやって産むんだろう? 街では神子様から授かっていたけど……。 街の門はいつの間にか目の前に迫っていた。 ―――――――――――――――――― 門をくぐると聞いた事のない大きな音がして耳を押さえた。 何!?何が起こったの!? すごいいっぱい人が集まる中を馬が進んでいく。 こんなにたくさんの人見た事ないし、色んな音や声が聞こえて来る。 『あの子供は誰かしら?』 『オメガみたいだけど……ティオフィル様にあんなにくっついて……』 『汚い毛色だこと……耳も尻尾も歪で……』 ティオフィルさん…… 街にいた時よりもたくさんの眼に晒されて、逃げ出したくなったけれど馬から自分では降りれない。 覚悟を決めて飛び降りようとした時、視界が遮られた。 「……誰の言葉も気にする必要はない……マシロはとても綺麗だよ」 囁きと共に胸の中に収められた。 ティオフィルさんはマントで僕を包んで隠してくれた。 賑やかな声が遠くなっていき……馬が止まった。 「降りるよ……」 マントの中からは周りの状況は分からないけど、抱き上げられたまま、体が浮いて着地した様な感覚がある。 「マリユス王子、誘拐団を捕らえただいま帰還致しました」 僕をマントでくるんだままティオフィルさんは片膝をついて頭を下げた。 王子様? 「ご苦労様、まさか本当に発見するとはね……それで?君の腕の中にいるのがお前の『運命』か?」 「はい……」 ギュッと僕を支える手に力がこもった。 「…………」 何だろう? ティオフィルさんも王子様も黙っている。 「……はい…って……紹介はしてくれないのかよ?」 「人の多さに怯えております。また後日で……」 「お前……それ会わせる気無いだろ……いいのか?コレあげないぞ?」 「っ!!狡いぞ!マリユス!!」 コレって何だろう??? 周りが見えないので状況が全く分からない。 マントが少し開いて、ティオフィルさんが困った顔で覗き込んできた。 「マシロ……すまない。少しだけ顔を見せてくれるか?」 「……王子様?ごあいさつですか?」 ティオフィルさんがこんなに困った顔をするなんて偉い王子様なんだろうな……。 失礼の無い様にしないと……。 「よろしくお願いしますって言うだけで良いから。あんまり目を合わせると食べられてしまうよ?」 「聞こえてるぞ……もったいぶってないで早く挨拶させろ」 溜め息と共にマントが開かれて、慌てて頭を下げた。 「マシロです。よろしくお願いしま……」 顔を上げて驚いた……。 銀色に輝くピンッと伸びた耳。 同じく銀色のふさふさと毛の豊かな尻尾……。 空の色の様な淡い瞳は優しげに微笑みを湛えていた……。 これが王子様……銀色の光を放つ毛が気品のあるたたずまいを輝かせていた。 何て綺麗なんだろう……僕とは全然違う……。

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