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馬上の告白

「街が見えてきた。もう少しだから我慢してくれ」 もう昼食にしても良い時間だが、あと一踏ん張りなのでこのまま進んでしまおう。 朝食も食べ損ねてるマシロには悪いけど……後ろを振り返ると、ぼんやりとした目と視線があった。 ずっと俺を見ていたのか……そういう状況を作ったのは俺だが……嬉しくて緩む口元を隠す様に前を向いた。 ……瞬間に後ろで鈍い音がした。 後ろを振り返ると馬車の中でひっくり返り頭をさするマシロの姿。 「止まれっ!!」 急いで馬から降りて馬車の中を覗き込む。 「大丈夫か?怪我は?」 「大丈夫です。ごめんなさい……街を見てみたくて立ち上がってしまいました……」 マシロは申し訳なさそうに居住まいを正して頭を下げた。 外が見たかったのか……そりゃあそうだよな。 一日中同じ景色だと息が詰まるか……それでも他の奴らにマシロを見せたくなかった。 「そうだな……退屈させたな。体の具合はどうだ?」 「ティオフィルさんがお薬を塗ってくれたので今日は痛くないです」 お尻を摩りながら視線を自分のお尻に向ける。 …………頭の中にまたマシロのお尻が蘇って来て、頭を振って必死で追い出す。 「そ……そうか。あと数分で街に着く。体の調子が良いなら此方へ……」 手を差し出さすと疑いもなく手を取る体をいっそ食べてしまおうかなどと良からぬ事を思いながら抱き上げた。 「辛かったらちゃんと言うんだぞ?」 馬の上にマシロを乗せると俺も馬に跨がった。 尻尾でペシリと脇腹に可愛い攻撃をくらう。 「どうした?」 まさか……良からぬ事を考えていたのが顔にでていただろうか? 「……いえ、すみません」 マシロは尻尾を自分の腰に巻き付けると前を向いた。 丘の下に見慣れた街が広がっている。 「すごい大きな街……」 「小国とはいえ王都だからな。さぁ進もう」 馬を進めさせて丘を下り始めた。 緩やかな下り坂が続き、徐々に街へと進んでいく。 「ティオフィルさんはあのお城に住んでるの?」 「あの城で働いてはいるが住んではないな」 マシロは不思議そうに首を傾げる。 「王子様なのに?」 ……お…王子様?俺が? マシロにとって俺は王子様!? 全然そんな様子は無かったのに……俺はマシロの王子様? 必死に舞い上がる心を押さえつける。 「残念ながら只の雇われ騎士だよ。王子様が良かった?」 「馬に乗ってやって来るのは王子様って絵本に書いてたから……ティオフィルさんキラキラしてたし……ごめんなさい」 キラキラ……マシロの目に俺はキラキラしていた!? それは……恋か? 恋でないにしろ間違いなく好意は向けられているよな? 「謝らなくて良いよ。出来ればマシロの王子様になりたいけどね」 不思議そうにマシロは自分を指差す。 「王子様にはどうやったらなれるの?」 「ふふ……さぁ?マシロはどうやったらなれると思う?」 それを俺に聞くなんてマシロはなんて意地悪なんだろう。 「お姫様と結婚?」 「じゃあマシロ……俺と結婚してくれる?」 ここぞとばかりに押し進める。 今が攻め時だろう。 「僕お姫様じゃないし……僕と結婚しても王子様にはなれないですよ?」 「……王子様になれなくても良いから……マシロ、結婚して?」 握られた手に痛いくらい力がこもる。 少し考えた後……マシロは迷い無く返事をくれた。 「ティオフィルさんとは『運命』だから…………はぐっ!!」 一瞬、我を忘れてしまった。 か細い体を思い切り抱きしめてしまった。 でもマシロも俺の事を『運命の番』と認識してくれている!! 「ああっ!ごめん!!……でも本当?本当に俺と結婚してくれる?」 グレーの瞳が真っ直ぐにこちらを見つめ、小さいけれどしっかりした口調でマシロは……。 「はい。お願いします」 俺のプロポーズに応えてくれた。 「たっ……大切にする!!ハンソン!サム!!聞いたな!?お前達が証人だぞ!!」 もしかしたら結婚の意味も分かっていないのかもしれない。 だけど……言質は取った!! 俺とマシロの会話に目を逸らしていた二人は急に話をふられ、 「「はいっ!!」」 慌てて……でも笑顔で返事をした。 街に戻ったら早速結婚式の手配だな。 騙し込んだ? もう、悪い男だろうと何だろうとマシロと一緒になれるならどんな悪役だって引き受けるさ。 マシロは人前に出るのが嫌いな様だし、二人きりで神に誓いを立てよう。 お互いの瞳の色の石のついた指輪を持つのも良いなぁ。 心なしか馬の足取りも軽くなった気がする。 ―――――――――――――――――― 門をくぐると迎えられた凱旋のトランペットにマシロは耳を押さえた。 耳が良いのだろう。大きな音は苦手な様だ。 街中を城へ向けて馬で進んでいく。 人の多さに圧倒されたのか……こちらを見て何やらを話している人々の話し声を拾っているのか耳が頻りに動いている。 その小さな頭はうな垂れている。 俺にはその話し声は聞こえないが、マシロの様子を見るに良い話ではないのだろう。 寄ってくるオメガがいなくなるように、俺に番が出来たことを知らせたかったのだが……マントでマシロを覆った。 見せてやるんじゃなかった。 「……誰の言葉も気にする必要はない……マシロはとても綺麗だよ」 誰かの言葉に傷つかないで……俺にとって君は非の打ち所のない最高の番なんだから。 城内に入ると王子自ら出迎えに来てくれた様だ。 城内で未婚のアルファ………。 後ろにリンドールもついて来ているようで心配はいらないと思うが、マシロに何かしたらマリユスでも……。 馬を止めるとマシロに声を掛けて馬から飛び降りた。 「マリユス王子、誘拐団を捕らえただいま帰還致しました」 マシロを抱き込んだまま片膝をついて頭を下げた。 「ご苦労様、まさか本当に発見するとはね……それで?君の腕の中にいるのがお前の『運命』か?」 当然だが早速、目をつけられた。 「はい……」 会わせたくないなぁ……マリユスは未婚だし、本物の王子様だし……。 ギュッと手に力がこもる。 「…………」 俺が紹介するだろうとニコニコと待っていたマリユスだったが……俺にその気がないのが分かった様だ 「……はい…って……紹介はしてくれないのかよ?」 「人の多さに怯えております。また後日で……」 嘘ではない。 街の奴らの好奇の目にマシロは怯えてしまっている。 「お前……それ会わせる気無いだろ……いいのか?コレあげないぞ?」 マリユスが取り出したのは……鍵。 頼んでおいた新居の鍵であろう。 「っ!!狡いぞ!マリユス!!」 見せたくは……無い……が、新居は大切だ。 なんせ新婚だからな。 マントを開いて、マシロを覗き込む。 思ったよりは落ち着いてそうだ。 「マシロ……すまない。少しだけ顔を見せてくれるか?」 「……王子様?ごあいさつですか?」 マントの中でこちらを見上げながら小首をかしげる……あぁ……こっそりしまっておいて俺だけの物にしたい。 「よろしくお願いしますって言うだけで良いから。あんまり目を合わせると食べられてしまうよ?」 「聞こえてるぞ……もったいぶってないで早く挨拶させろ」 楽しそうにニヤニヤと笑うマリユス。 全く……何で他のアルファに俺の大切な番を会わせなければいけないんだ……渋々をマントを開くとマシロは急いで頭を下げた。 「マシロです。よろしくお願いしま……」 マシロはリンドールを見て固まった様に動かなくなった。 ポカンと口を開けた顔も可愛いなと思うけれど、オメガ同士とはいえ……そんな羨望の眼差しで他人を見つめる姿は面白くなかった。

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