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アルファの性

マシロはアルファに全く何も惹かれないようで、マリユスを完全にスルーしてリンドールに魅入っている。 だが……チラリと一瞬こちらを見たその瞳には寂しそうな色が交じっていた。 マシロは自分の容姿を気にしていた。 美しい容貌のオメガの中でも群を抜いて美しいと湛えられているリンドール……憧れと共にきっと自分の姿を恥じだと感じているのだろう。 目立つ傷につい目がいってしまうが、その顔の造りも毛色は好みの別れる斑模様だが毛並みの触り心地は最高だし、体もやせ細っているの肌触りは良い。 元の素材は最高なんだ、何も恥じる事はない。 ……だが、それを知っているのは俺だけで良いとも思う。 マシロをマントの中にそっとしまい込んだ。 「……もう良いだろう。早く休ませてやりたいんだ」 緊張に体が冷たくなっている。 人に慣れないところも、健気に俺を慕ってくれるところも、純粋な心も全部が俺にとって極上に思える。 誘拐団に売られていなければ、さぞやもてはやされた事だろうに。 それを銀貨5枚だなんて……。 ゆっくり家でマシロの魅力を伝えよう。 自分がどれだけ俺の心を掴んで離さないかを教え込まないと……。 「そうは言ってもお前には誘拐団の事をいろいろ報告して貰わないといけないし……その子も被害者の1人なら話を聞かないと……」 帰る気になっていた俺をマリユスが引き止める。 報告は義務だが今日じゃなくても良いだろう。 この子の前でその話はしたくない。 マシロには誘拐されていたという事は伝えていない。 母親をあれだけ慕っているマシロに母親が誘拐団の一味にすぎないとは言えなかった。 ……今思えばよく俺に何も言わずについて来たな……。 『運命の番』だし、ついて来てくれた事はそう言うもんだと思って考えなかったが、マシロからしたら俺たちの方が略奪者じゃないか? 「ティオフィルさん……」 自分の置かれている状況に気付いたのか、マントの中で不安そうに服を掴んできた。 「マリユス……今は止めろ……」 これ以上は続けるなとマリユスを睨みつける。 「了解……随分とまぁ……だが取り敢えず報告は必要だ。君たちにはこのまま城内には残ってもらうよ」 さっさと報告を終えてしまおう。 ……だがマシロはどうする? この子は耳が良い。 とてもこの子には聞かせられる話ではない。 同じ部屋では話は出来ない。 かっと言って俺の目の届かない場所に置いて行くのは不安でならない。 どうしたものかと思っていると、思わぬところから申し出があった。 「他の子供達は保護施設へ移動しております。マシロさんは私がお預かり致しましょう」 まさかリンドールからそんな言葉が出るとは思わなかった。 オメガでありながらオメガ嫌いで有名な人だ。 何故……? 「マシロさんティオフィルさんのお仕事が終わるまで一緒に待っていましょう」 俺の前まで来るとしゃがみ込みマント越しにマシロに声を掛ける。 その声は今まで聞いた事の無いぐらい優しいものだった。 恐る恐る顔を覗かせるマシロ。 「マリユス王子?声……違う?」 リンドールを王子だと思っていたのか……。 マリユスは全く眼中に無かったとは……アルファなのに可哀想な奴。 「マリユス王子はあちらです。私はリンドールと申します。よろしくお願い致します。マシロさん」 リンドールから差し伸べられた手にマシロはおずおずと手を伸ばした。 マシロが人見知りしないならお願いしてもいいか? 位も高いリンドールと一緒なら他の奴らも簡単に近づけはしないだろうし……。 しかし、オメガ嫌いのリンドールの真意が分からない。 マシロを苛めるつもりでは……いや、俺の『運命の番』だと認識しているなら、まさかそんな事はしないだろうが……。 「く……オメガ同士なら……でも…しかし他には……う〜ん……よろしくお願いします。リンドール様」 他に当てもないし、マリユスからリンドールの人柄はよく聞いているし……マシロを預ける事にした。 しかしマシロが不安そうにマントを引っ張ってきた。 これは………寂しいから俺に一緒に来て……と言うのとは違うな。 マントを外してマシロの頭から掛けて姿を隠してやる。 「俺の大切な番をあまり人目に晒したくないからな」 きっとリンドールと並んで歩き、好奇の目に晒されるのが嫌なのだろう。 転けない様に折り曲げてマントの丈を合わせる。 それでも不安そうに目線を下げたマシロの頬にそっと唇で触れた。 「すぐに迎えに行くから……待っててね」 マシロはマリユスと歩き出すと、暫く此方を見ていたがリンドールについて歩き始めた。 「そんなに心配しなくてもリンドールの部屋には俺が結界を張ってある。リンドールが許可した者しか入れない……それともリンドールを疑っているのか?」 「……………いや」 流石に友人の恋人を悪くも言えず肯定は出来なかった。 「あいつのオメガ嫌いは有名だからな……だが本当にオメガを嫌っている訳じゃないから安心しろ」 「そうなのか?」 結構、団長の娘や貴族の子息のオメガ達にはきつく当たっていたと思うが……嫉妬か? マシロがマリユスに興味が無いからか? 嫉妬するぐらいならさっさとマリユスと番になってるよな? 「あいつが本当に嫌っているのは……アルファなんだろうな……」 「?」 どういう事かと思ったが、それ以上マリユスが何も言わないので聞かずにおいた。 マリユス、外交大臣、騎士団長、各隊の隊長達などなど……。 ホールにて誘拐団を見つけた状況を説明するが、俺は誘拐団ではなく『運命の番』へ心の引き寄せられるままに進んで行っただけなので彼らの納得する答えを与える事はできない。 彼らはベータだ、アルファとオメガの繋がりを言ったところで彼らには伝わらない。 起こった事実を簡潔に伝え、質問にのみ応えた。 早く終われ……。 どうせ誘拐団の身柄は帝国に引き渡されるだろう。 俺達小国が悩む事ではない。 話が終わり廊下へ出るとマリユスが追い掛けて来た。 「ティオ……お疲れ、ほら鍵。それとこれが家の地図」 「ありがとう……これでマシロを落ち着かせてやれる……代金は後日用意するよ」 リンドールの部屋へ向かいながら……俺の思いをマリユスへ伝える。 「マリユス……俺はマシロが落ち着いたら俺は騎士団を辞めようと思っている……あの子にここの暮らしが合うとは思えない」 マリユスは薄々感じとっていたのか驚く様子はない。 「……まぁ……そうくると思ったよ。しかし、騎士の忠誠を誓ったものは中々抜け出すのは大変だぞ?うちの国のお偉方はベータがほとんどだ。オメガの為に生きるアルファの(さが)なんて分かって貰えないぞ」 「俺は騎士団に入団はしたが、この国にも王にも誓いはたてていない……それでも良いからと引き止められていただけだからな……」 アルファの少ないこの国で、貴重な戦力となる俺を外に出さない為の苦肉の策だったのだろう。 「そうなのか?……親父の考えそうな事だ……騎士団で大人しくしている間にさっさとオメガを見繕ってお前をこの国に留めようとでも思ってたんだろうな」 廊下の向こうから珍しいものが近付いてくる。 全力疾走するリンドール。 「ティオフィルさん!!見損ないましたっ!!」 走ってきた勢いそのままに回し蹴りが飛んできたので避けると、ご丁寧にマリユスが蹴りを受けていた。 …………これもアルファの性か……。 「リンドール……落ち着け……何があったんだ?」 必死で止めようとするマリユスの手を振りほどき尚も蹴りを繰り出してはマリユスに当たっている。 「ティオフィルさん、貴方!マシロさんに『アルファの子を産むだけがオメガの運命』だなんて言ったんですか!?あんなに『運命の番』を熱く語っていた貴方がっ!!」 「え……お前……最低」 「まっ……待って下さい。リンドール様、誤解ですって!!」 「取り敢えず落ち着けリンドール!!」 また俺の代わりに蹴りを受けるマリユス。 蹴りとはいえ、違うアルファに触れさせたく無いとはいじらしい事だ。 「何が誤解ですか!!マシロさんは悲しそうな顔をして私に子供がどうやったら出来るのか聞いてきたんですよ!!早く子供を作らないと貴方をがっかりさせると焦っている!」 リンドールから発せられた言葉に隙が生まれる。 「マシロが……俺の子供を………うぐっ!!」 蹴りを避ける事が出来ずに腹に攻撃を受けて俺は床に踞った。 「大丈夫か!?ティオ!?」 軽くか細いリンドールの蹴りは正直、痛くも痒くもない……ただ。 「マシロと子作り……想像したら鼻血が………」 ボタボタと鼻血が床を汚す。 「リンドール……ちょっと待ってやれ……」 マリユスは呆れ顔でリンドールを抱きしめて漸く攻撃はおさまった。 「落ち着いたか……?二人とも」 「すみませんっ!!とんだ早とちりをっ!!」 勢い良く頭を下げるリンドール。 攻撃は破壊力を持たないし、ほとんど攻撃を受けたのはマリユスだけどな。 「俺は結婚を申し出ましたが、子供の事など一度も話しておりません」 しかし……誰に言われた………誰がマシロにそんな事を吹き込んだ……。 ザワリザワリと怒りが込み上げてくる。 「そんなに怒りを露にするな……リンドールが怯えている」 マリユスに肩を叩かれリンドールを見ると顔が青ざめている。 アルファとオメガ……普通に戦えば相手になるわけがない。 それでもこの人はマシロの為に俺に立ち向かって来てくれたのか。 「……俺の番の為にお怒りくださりありがとうございます」 「………マシロさんの為と言うか……私情と言いますか……いえ……上級種のアルファである貴方に……申し訳ありませんでした」 リンドールの顔に自嘲の笑みが浮かぶ。 私情……? リンドールの私室について扉を開けた。 「……マシロ?」 室内にマシロの姿は無かった。 「マシロさん!?鍵はかけていたのに………何処にっ!?」 信頼して預からせて貰ったのに……と慌てるリンドールを手で制す。 「リンドール様、落ち着いてください」 マシロの匂いはしている……この部屋にいる。 匂いを辿り……ここか………。 ベッドの下、体を丸めて震えるマシロを見つけた。 「マシロ……どうした?出ておいで……」 「ティオフィルさんっ!!!」 俺が手を伸ばすと、マシロは飛び出して来て抱きついてきた。 小さな体はガタガタと震えている。 「マシロ……何を怖がっている?俺がついている。落ち着いて……」 「僕……僕が……余計な事言ったからっ!ティオフィルさんもいなくなっちゃうって!!」 恐慌状態に陥っている。 母親の時と……重なったのか……。 「俺は何処にも行かない……大丈夫だ」 「僕……やっぱり喋っちゃ駄目……駄目だった!」 「そんな事は無い。マシロの声を聞けないなんて……そんな悲しいことを言わないで……ね?」 その体を抱きしめて落ち着くまで背中を擦り続けた。

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