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大好きの種類
落ち着いて、そのまま眠りに入ったマシロの規則正しい寝息にほっと胸を撫で下ろす。
「ティオフィルさん申し訳ありませんでした……信頼してマシロさんを預けて頂いたのに………」
マシロの生い立ちについて何も教えていなかったので、リンドールはマシロの為を思い怒ってくれただけだが……マシロにはそれはわからなかっただろうし、理由はどうあれ、人の怒りに弱いだろう。
「……いえ。マシロは……母親を目の前で殺されたのが自分が悲鳴を上げ、泣いたせいだと……自分の言葉で人が怒ったり争いが起きることを恐れている様なのです」
リンドールの表情が陰る。
常に中身のない微笑みだけを湛え、人形の様に感情の乏しい人かと思っていたのに……随分と印象が変わった。
「ティオ……許してやってくれないか?リンドールもマシロを傷つけようとした訳ではないんだ」
リンドールを守るようにマリユスがリンドールの腰を抱き寄せた。
「分かってる」
これで俺がリンドールを傷つければ、それこそマシロは二度と口を聞いてくれないだろう。
「ティオフィルさん……マシロさんは運命だから、貴方の子供を産まなければいけないと思い込んでいます。貴方はマシロさんをどうなさるおつもりでしょうか?」
リンドールの探る様な目が俺を突き刺す。
マリユスがリンドールはアルファを憎んでいるのかもと言っていたが……本当かもしれないな。
「ティオ……この子はお前との番の契約に耐えられそうにないが、無理を通して番にするのか?」
マリユスがリンドールの刺のある言葉を言い換えた。
要はマシロの体を心配してくれているようだ。
「マシロと本当の意味で番になる気はまだない。マシロの体が年相応に成長し、この子が俺を番として心から受け入れてくれるまで待つつもりだ」
こんなに頼りない体で俺を受け入れさせるなんて無茶はしたくない。
そっとマシロの頭を撫でた。
マシロの瞳がぼんやりと開き、腕の中で体を起こす。
「………ティオフィルさん……お話終わった?」
「あぁ……マシロ?気分は?」
「大丈夫ですけど……またどこかにお出掛け……?」
どうやら先程の事は覚えて無いようで、キョトンとした目を向けてくる。
良かった……これでまた殻に閉じ籠ってしまわないかと心配だった。
「いや……まぁ、そうだな……家に帰ろうか」
「家?」
「あぁ。マリユスに用意してもらった、俺とマシロの家」
マリユスから貰った鍵を揺らして見せる。
「ティオフィルさんと二人きり?」
「嫌……かな?」
俺はマシロと二人きりでのんびりしたいと言うのが希望だったんだが……マシロは俺と二人きりは嫌なのだろうか……自信が揺らぐ。
「ううん……早く行きたい」
ギュッと腕を掴まれて……俺の気持ちは急上昇した。
「わっ!わわっ……」
急に立ち上がったのでマシロは怖がって抱きついてくる。
「すぐに行こう!!マリユス、もう良いだろう?」
「お待ち下さい」
部屋を飛び出そうとしてリンドールに呼び止められる。
まだ何かあるのだろうか?
「マシロさん、ごめんなさい。私の着ていた物で宜しければ服を持っていってくれませんか?」
服……オメガ用の服か。
確かにこの服のままと言うわけにはいかないし、買いに行くのも俺がオメガ専用の店に顔を出すわけにはいかないので助かる。
「よろしいのですか?リンドール様」
「取っておいても……使うあての無い物ですから……」
綺麗に仕舞われていた服………使うあてが無いのにこんなに綺麗に取っておいたのか?
何着か袋に入れて貰い、マリユスとリンドールに礼を述べて城を後にした。
「貰っても良かったのかな……?」
「くれると言ったんだ。ありがたく貰っておけばいい。そのかわりに大切にしよう」
「……はい」
服を袋に詰めるリンドールをマリユスは切なげな目で見守っていた。
身分的にも問題の無い二人。
何故あの二人は番にならないのか不思議でならない。
リンドールのあの態度と何か関係があるのだろうか?
大通りとは逆側の警備の目もあるそれなりの身分の者が住む住宅が並ぶ通り。
俺の地位では選べない様な場所だ………王子の権限だな。
「ここか」
地図に示された家の前で立ち止まる。
マリユスから貰った鍵を取り出し、門の鍵穴に鍵を挿すと一瞬バチッと光りマリユスの結界が俺とマシロを認証した。
マシロは音に驚いたのか俺にしがみついてくる。
「マリユスに結界を張って貰ってるからね。防犯は完璧だよ」
「結界?」
「ん~壁みたいな物で……決められた人間しか入れない様になってる。マリユスは防御系の魔法に長けているからね」
「魔法!魔法習えば僕も使える?」
魔法に憧れているのかキラキラとした目が見上げてくる。
「残念。魔法を使えるのはアルファだけなんだよ」
「なんだ………あれ?じゃあティオフィルさんも魔法使えるの?」
「見せたこと……無かったか?」
あまり魔法を意識せずに使っているのでマシロの前で使ったかどうかも覚えていない。
俺の魔法は基本攻撃系なのでマシロに見せる機会が無いことを祈る。
木製の門を開くと要望通りの大きな庭が広がっていた。
この庭でマシロを自由に遊ばせてやりたい。
16才とはいえ、育ちのせいか幼いマシロはきっと喜んでくれるはずだ。
「中古だけど綺麗に手入れされているね。さぁ家も見てみよう」
マシロの手を引いて歩くが………。
虫や鳥が横切る度に歩みが止まる。
「ティオフィルさん!あの虫なぁに!?リス!あれはリスでしょう!!」
駆け出そうとした手を引いて止める。
数十メートルの距離が随分と遠い。
荷物を置いて、ブカブカの服を着替えないと転んで怪我をしてしまうかもしれない。
「あの虫はバッタだね。探検は後で、まずは荷物を置いて着替えよう」
名残惜しそうに後ろを振り返るマシロを誘導すると、不思議そうな顔で家を見上げていた。
「こじんまりとした家だけど、俺とマシロだけなら十分でしょ?」
なるべく小さな家をお願いした。
マシロを他人に任せたくないので使用人を雇う気もない。
俺が自分で管理出来る大きさ。
「俺とマシロの部屋は2階かな?おいで着替えよう」
2階には大きな部屋が一室だけ。
俺とマシロの寝室だ。
ソファー、書棚、続き間の衣装部屋、そして奥には大きなベッドが鎮座していた。
これからのマシロとの生活に口許を緩ませているのを不思議そうに見上げられた。
オメガ用の服は穴を開けなくても尻尾が出るような作りになっていて、俺もオメガの服は初めてなので二人で戸惑いながら着替えをする。
マシロの身長に合わせた服を用意してくれた様で丈は合っていたが……肩や腰回りはどうしても余ってしまう。
リンドールも細身なのに………いっぱい食べて肉をつけさせないとな。
嬉しそうに服を見るマシロの頭を撫でる。
「良かったな。リンドール様にはまたお礼をしよう」
「はい」
貰った服を衣装部屋にしまいながら………マシロはそわそわと落ち着きがない。
今日ぐらいゆっくり休ませてやりたかったが………。
「ははっ。じゃあ庭を散歩しようか?」
「はい!!」
キラキラと元気な返事に、要望通りの家を探してくれたマリユスへ感謝した。
俺の手を取って庭へ走るマシロ。
こんな元気な姿もあるんだな。
「ティオフィルさん!この虫は?」
「青虫だね。これが成長してサナギになって蝶に変わるんだ」
「この花は?」
「薔薇だ。茎に刺があるから触らないようにね」
見るもの全てが珍しいのか、質問責めにあう。
俺の事にもこれだけ興味を持ってくれれば良いのに……。
庭の中なら自由にして良いと言ったのに、俺の手をずっと握って離さない。
それだけ俺を頼りにしてくれていると嬉しく思う反面、この庭の中だけでも俺の手を離れて自由に過ごしてくれる様になると良い。
空が赤く染まる頃マシロに声をかけた。
「楽しかったか?明日も明後日も……時間はたっぷりあるんだ。今日はもう休もう。ご飯の支度もしないと……」
「………ティオフィルさん………」
マシロがじっと見上げて服を引っ張ってくる。
「ん?何だ?」
何かあったのかとしゃがんで顔を覗き込むと、マシロは俺の唇に自分の唇を重ねた。
マシロが………俺にキスを………!?
「……マシロ!?」
思わぬ出来事に喜びと驚きと動揺とで言葉が続かない。
「お母さんが……大好きな人に大好きだと伝えたい時にやるって……間違ってた……?」
大好き!?マシロが俺を?なついてくれているとは思ったが、大好き!?
「………いや……間違って無いけど……無いけど………」
まさかヒート来た!?誘われてる?
いや……匂いはいつも通り甘い香りだが誘うようなものではない。
……落ち着け俺。
マシロの大好きは俺の大好きとはまだ違う場所にいる。
ここで我を忘れては駄目だ。
マシロの体調が整うまで待つと決めたじゃないか。
俯いてしまったマシロの頭を撫でる。
「マシロ……俺からもマシロに大好きと伝えても良い?」
「はっ……はい!!」
柔らかな頬を両手で包み、マシロの唇に自分のものを重ねた。
マシロの大好きが早く俺の大好きに近づいて来てほしいと願いをこめた。
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