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マシロだけの人
お腹が空いているのか、キラキラした目で食器棚から皿を取り出して待っているマシロが可愛くて堪らない。
俺の両親は俺が学生の頃事故で死んでいるので、それから自炊をしていて良かったと思う。
「ありがとう、マシロ。もうすぐ出来る」
「井戸から水汲んでくる?」
「水はタンクに貯めてあるからこのコックを開けば出てくる」
魔法で水は溜めたし釜の火も魔法で一発。
楽をさせてあげられるよ。
凄いと誉めて貰いたかったのに……マシロは肩を落として行ってしまった。
退屈なのかソワソワ落ち着きの無いマシロ……ゆっくりしていてくれて良いのに。
「お風呂の用意が出来てるからお風呂に行っておいで」
庭と風呂は外せない案件だった。
何故ならば……大衆浴場なんかに行ってマシロの体を他人に見せるなんて有り得ないからだ!
自宅に風呂なんて贅沢の極みだが……。
「お風呂?お風呂がお家にあるの?」
このマシロの尊敬の眼差しで全てが報われる……。
この家……いくらしたんだろうか……金貨50枚くらいでお願いしていたが……ツケは利くのか?
またしばらくこの国から出られそうに無いな………。
「じゃあ、ティオフィルさんも一緒に入ろ?」
マシロからとんでもない提案が飛び出して、スープをかき混ぜる手が止まる。
「え……?一緒……?あっと……」
ゆくゆくは一緒に入るつもりでいたけれど……如何せん早すぎる。
大衆浴場では皆と入っていたけれど、それとこれとは話が違う。
俺が一緒に入るのを嫌がったと思い耳と尻尾が寝てしまった。
「分かった……一緒に入ろうか……」
………頑張れ!俺!!
スープに蓋をして一緒に風呂へ向かった。
着なれない服の為か手間取るマシロに、目を逸らしながら手伝ってやる。
お湯を浴びて簡単に手で体を流し、マシロはそのまま浴槽へ浸かろうとする。
石鹸を使った事は……無さそうだな。
「……おいで、体を洗ってあげる」
心を無にしてマシロを椅子に座らせた。
布に石鹸をつけて擦り泡を立てるとその泡で頭から洗っていく。
泡が茶色く濁って、俺の番をそんな劣悪な環境に置いていたのかと腹が立つが……ちょっと様子がおかしい……。
汚れ…ではない。
耳の……毛の色が落ちていく。
「マシロ……これは……」
マシロは泡が怖いのか目を閉じたまま何も喋らない。
夢中でゴシゴシと強めに耳を擦っていくと……マシロの耳や髪のまだら模様が完全に抜け落ちた。
「お湯を掛けるよ?息を止めておいて……」
水に濡れ輝く様な純白の毛並み。
尻尾も………か?
全身泡まみれにさせて、お湯で流すと……形こそ切り取られた歪な形をしているが…………はっ!!
洗うのに夢中になっている内に、幸か不幸かマシロを洗い終わってしまった。
落ち着いて洗えたのは良いが、マシロの肌を堪能してない!!
マシロを浴槽へ入れて自分の体を洗うが……マシロが見てくる。
すごい見てくる……。
あまり見られると、堪え性の無いモノを見られてしまいそうで水で体を流す。
「僕も騎士様になればティオフィルさんみたいにゴツゴツになれる?」
マシロがゴツゴツ?
…………いや……無いな。
マシロがマッチョだったとしても愛せる自信はあるが……オメガは基本細身だ……その希望は叶えてやれそうにない。
「マシロは今のままで十分可愛いよ?無理に鍛える必要はない」
バチャバチャとお湯が飛沫を上げる。
可愛いの一言でこんなに喜ぶなんて……なんて可愛いんだ、俺の番!!
恥ずかしいのか必死に尻尾を押さえていたが、不思議そうに首をかしげた。
「尻尾入れ替わった?」
「入れ替わる訳ないだろ。それが本当のマシロの色だ……良く似合ってるよ」
今、気づいたのか。
浴槽に入り、マシロの耳を撫でた。
水を浴びてたせいでお風呂が熱い!
急な体温の上昇を堪えていたがマシロが横に移動してきて手を握った。
これ以上体温を上げられては心臓の負荷が半端無い。
「……………スープもいい頃合いだろうし上がろうか?」
もっと入っていたそうだったが、俺より先に入っていたマシロがのぼせない為だよ?と風呂を上がった。
高級品のタオルで体を拭いてあげて、部屋着に着替えさせた。
こんなタオルまで………総額いくらだ………感謝と共に恐怖も沸いた。
食卓について、美味しいと食べてくれるマシロに、俺も笑顔になる。
これだけ好意を寄せてくれているのに相変わらずマシロは抑制剤を掛けて食べていた。
今、ヒートがこられても俺が困るのでそのままにしているが、胸のつっかえが取れない。
早く俺をマシロだけの人だと認識してくれると良いな。
食事を終え、2階の部屋に移動すると二人で寝るのに十分なベッド。
自分の要望通りとは言え、長い戦いが始まるな……と、カーテンを閉めようとして……庭に目をやるとホタル石が並べられているようで闇夜の中、庭を彩っていた。
マシロを呼んで庭を見せてやる。
「ホタル石だな。見事な庭だ」
思った通り……マシロは見入っていたが……夜も深まってきた。
成長に睡眠は重要だ。
抱き上げてベッドまで運んだ。
「もうおやすみ。明日もいい日になります様に……」
布団掛けて、ゆっくり眠れるように額にキスを落とす。
「ティオフィルさん……色んな経験をさせてくれてありがとう……」
マシロは俺の唇にキスをして、腕の中で目を閉じた。
……………ね………眠れない!
悶々として布団の中で眠れぬ夜を過ごした。
―――――――――――――――――
運命の番が見つかったからといって、仕事を放り出せる訳もなく、マシロはリンドールに預かって貰っている。
他の子達と同じように保護施設に預かって貰っても良いのだが、リンドールが是非自分に……と言うので昨日の件でリンドールがマシロを守ってくれようとしているのはわかるのでお願いした。
何故リンドールがそこまでマシロを気に掛けてくれるのかまでは分からないが……。
リンドールと別れマリユスと騎士団の塔へ向かう。
「……マシロを襲った連中な『賢者の森』行きに決まったよ。失うのは……足か、手か……それとも心か……」
「そうか………」
出来れば自分の手で裁いてやりたかったものだ。
「……昨夜、誘拐団の暗殺騒ぎが有って……リーダー格の男は無事だったが、何人か殺られた。誰かが口封じに動いたか……帝国からの使者も来るのにバカな事だ……」
マリユスは王子であるのと同時に騎士団の参謀を担っているので、恐らく国王よりも国内の動きを把握しているだろう。
「良いのか?一般騎士の俺にそんな話をして……」
俺に知らされていないということは、一般には機密だろうに………。
「まだ通達は出てないが……親父の一言でお前の第2騎士団の指揮官への大抜擢が決まったよ。お前を引き留めようと必死だな……」
マリユスの目は出世を祝うものではなく、哀れみに近い。
「あんな返せる宛も無いような家を用意してくれたお前が言うか?」
「はは……バレた?」
舌をチロリと出して笑ったマリユスは真顔になって声を潜めた。
「帝国の使者が来れば誘拐団の奴等は勿論、被害者であるオメガの子達も帝国へ移動させられるかもしれないな……マシロも例外ではない……」
「マシロは俺の番だ!帝国にも渡さない!!」
その可能性は考えていたが……。
「分かってるよ……だからこそ必死になってんだよ。マシロをこの国に留めておく方法を模索している……どうせマシロが帝国へ行けばお前は全てを投げ出して帝国へ行ってしまうんだろ?」
「…………」
考えを言い当てられて何も返せない。
「世界が大きく動くな……性奴隷としてオメガを買っていたアルファは各国の主要な役職にある者だろうし……帝国の調べでそれらが罰せられれば平穏無事にはすまないだろう……この国は……無くなるかもしれないな……誘拐団がこの国の領地で発見された以上……無関係だなどとは言えないだろ」
俺としても、番を見つけたかっただけで誘拐団を本当に捕まえる予定ではなかった。
起こしてしまった事態に……王子であるマリユスの立場まで追い込んだ事に改めて頭を下げる。
「すまなかった……」
「……謝る事じゃ無い。放置していた事の方が問題なんだ」
俺を責めるでも無く……むしろこの国の問題に目を向けている。
アルファの極端に少ないこの国ではオメガが溢れ、そのオメガはアルファを呼び寄せる為の政略結婚の道具の様に丁寧に扱われている……あくまで道具として。
アルファの性質を理解できないベータが舵を取っているから……そのやり方に納得いかないアルファは外へ出ていってしまう。
マリユスが国王なら、アルファもオメガも暮らしやすい国であったろうに。
「お前が国王だったら良かったのに……」
「知ってるか?アルファは国を治めるのに向かないんだぞ?……番のことしか考えて無いからな……統治が上手くいくかどうかは番次第だな」
「お前とリンドールなら平気だろ?」
マリユスはそうだと良いな……と笑う。
「……マシロはお前を操る餌にされかねない……お前がしっかり守ってやれよ」
『運命の番』に出逢えて舞い上がっていたが、避けては通れそうにない現実を告げられて……何があってもマシロを守り抜こうと拳を握りしめて決意を固めた。
「あぁ……そうだ!これをやるよ」
「首輪?」
「お前はマシロの体調が整うまで待つつもりなんだろう?それまで誰かに横取りされないように……貞操帯」
番防止にと推奨されているオメガ用の首輪だ。
「そう言えばリンドールも着けていたな……」
「……あれは……俺に対してだけどな……」
俺も自制しないと……番の契約は結構危険だからな……マシロの様な細い首では食いちぎりかねない。
「ありがたいがあまり意味は無いぞ?」
首をかしげたマリユスの横で首輪を食いちぎった。
「…………」
無言になったマリユスに首輪の残骸を返す。
最大の敵はやはり自分か……。
頭に浮かんでくる昨日のマシロの裸体やキスを必死に頭から追い出した。
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