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魂の片割れ
マシロの体は大分ふっくらとしてきて……可愛さに磨きが掛かる。
「マシロ最近よく食べる様になったね」
「はい。リンドールさんにもっと大きくならないとって言われたので」
マシロがリンドールを目標にしているのを知っているので、健気に頑張っている姿が微笑ましい。
「そうか……リンドールに感謝しなくちゃね。はい、野菜だけじゃなくてお肉も食べようね……美味しい?」
「ティオフィルのお料理はとっても美味しいです!」
美味しそうに食べてくれる姿に胸がいっぱいになる。
名実共に番になれる日は近いかも知れない。
その日を心待ちにして明日も張り切って生きて行けそうだ。
―――――――――――――――――
朝、リンドールとの待ち合わせ場所までマシロを送っていって別れた。
自立しようと頑張っているマシロの邪魔にはなりたくない。
マリユスの為の庭なので、庭師や限られた人間しか立ち入ることはないから安全だろう。
「よぉ、ティオ」
回廊を騎士団の詰所へ向かう途中マリユスが立っていた。
「朝からどうした?」
柱の陰に呼ばれる。
あまり良い話では無さそうだな。
「……宰相の様子がおかしい?」
「あぁ……妙にそわそわしていてな……リンドールの父親を疑うのは悪いが…誘拐団の件で何かを隠しているんじゃ無いかと思うんだ…親父は…何も気づいちゃいないけどな……」
リンドールから直接話を聞いているので、どう答えたもんかと思案する。
マリユスに全てを話すのは簡単だが、それは俺のすべき事では無いとも思う。
「誘拐団を暗殺しようとしたのも、宰相が絡んでいそうな気がするんだ……」
答えに困っていると……。
「ぐっ!!」
俺は突然、苦しみに襲われた。
「どうしたティオ!?」
「わからん……胃が……引っ張られる様に痛む……」
キリキリとした胃を直接つねられている様な痛みに膝をつく。
手足が震えて上手く立ち上がれない。
「マシロの身に……何か……」
吐き気を押さえつつ、壁に寄りかかりながら進む俺に、マリユスも何かを感じ取ったのか兵にマシロを探す様に指示してくれる。
マリユスの肩を借りながら庭に出ると人だかりが出来ていた。
「私じゃないっ!この子が勝手にっ!!食べるなんて思わなかったの!!」
リンドールに羽交い締めにされたロシェルが半狂乱で泣き叫んでいる。
集まった人の間を抜けて……倒れている小さな体を見つけた。
「マシロっ!!」
辺りに散らばる……アンキシ茸。
まさか……これを食べさせられたのか!?
じわじわと内蔵を焼いていく猛毒のキノコだが、どう料理しても消えない不快な匂いと味で暗殺に使われる事は無く、無理矢理食べさせて苦しませて殺すため……拷問の用途で使われる。
若しくは……嫌っている相手に送りつけて宣戦布告の役割を持つ。
「こんな臭く不味い物を自ら進んで食べる訳が無いだろう!!」
落ちていたキノコを踏みつけた。
ただでさえ体力の無いマシロにこんなものを……怒りで目の前が赤く染まる。
「邪魔だって!!疎まれてるって事を教えてやりたかった!!運命だか何だか知らないけど!後から来てティオフィル様を取って行くなんて!!幸せそうな顔して!当然の様にティオフィル様と手を繋いで幸せそうな姿を見せつけてくるのが憎かった!!その奴隷を憎んでいるのは私だけじゃない!!」
ロシェルは身勝手な言い訳を金切り声で騒ぎ立てる。
「勝手ナ……事ヲッ!!」
剣を抜こうとした俺の足をマシロが力の無い指で必死に掴んでくる。
「違……う……僕が…勝手に食べたの……」
こんな女を庇う必要はない!!
だが今はこの女の事よりマシロの事だった。
我にかえってマシロを抱き上げた。
「マシロ!!待ってろ!すぐに治癒師が来る!!」
俺の手を握るマシロは……こんな時に笑顔を浮かべた。
「ごめんなさい……嘘ついてた……僕…匂いも味も……わからない」
「……匂い……わからない?」
いつも美味しいと笑って食べてくれていたじゃないか……。
そんな嘘をついてまで……何でこの女を庇う?
「美味しいって食べると喜んでくれたから……嘘なのバレたくなかった…から……」
俺の……せいで言い出せないでいたのか?
俺はマシロの為と思いながらこの子を追い詰めていたのか?
「ティオフィルさんの……『運命の番』の匂いもわからない……番……なれない」
「分かった……分かったから!もう喋るな!!」
番になんてならなくても良い!!
側にいてくれるだけで良いんだ!!
「ごめんなさい……ごめっ………なさい」
ゴプッとマシロはロから血を吐き出して力なく崩れ落ちた。
「マシロッ!しっかりしろ!!マシ………ゴホッ!!」
咳き込んで口を押さえた自分の手にも血がついていた。
胃が……燃えるように熱い……吐き気をもよおし、また血を吐きだす。
どういう………事だ……?
マシロ…………。
遠くにマリユスの声を聞きながらそのまま俺も意識を飛ばした。
――――――――――――――――
「………………」
見慣れない天井が視界に入る。
ここは…何処だ……俺は………。
「気付かれましたか!?」
リンドール……何で?
……………っ!?
「マシロっ!!マシロはっ!?」
気を失う前の出来事を思い出して慌てて身を起こした。
リンドールがゆっくりと横に避けた……隣のベッドには魔方陣が描かれ、その上にマシロが寝かされていた。
「一命は取り止めました……恐らく『運命の番』の力のお陰かと……『運命の番』は『魂の片割れ』とも呼ばれています。ティオフィルさんがマシロさんの傷を肩代わりすることで……今回も……そしてこの傷を負った時も助かったのだと思われます」
「じゃあ……マシロはすぐに目を覚ますのか?」
俺の言葉に近づいてきた治癒師の男が残酷な事実を淡々と告げる。
「魔方陣の上で延命措置は続けておりますが、目を覚まされる可能性は0に等しいかと……」
「ふざけるなっ!!暖かいじゃないか!生きてるじゃないか!!マシロは絶対帰ってくる!!」
治癒師の男の胸ぐらを掴む。
回復させるのがお前達の仕事だろう!!
俺の命を使ったって良い!!
治癒師の男にあたっても仕方ないと分かっているのに、体は言うことを聞かない。
「マシロさんの体は今まで生きていた事が不思議なくらいだったんです!貴方がいたから生きていられただけです!でも……今回は内臓の損傷が激しすぎる!これ以上の回復は無理です!!」
止めに入ったリンドールの手を払い退ける。
「アノ女……殺シテヤル……マシロト同ジ目ニ合ワセテヤル……」
頭の中には復讐の二文字しか無くなった。
沸き上がる怒りで建物が悲鳴の様な音をたて始める。
立ち上がりかけた俺の服の裾を誰かが引っ張った。
殺してはいけないと言うように、マシロの手が俺の服を掴んでいた。
「マシロ……?マシロ…聞こえているのか……?わかった…誰も殺さないから帰ってきてくれ……」
こんな時でも誰かが傷付くのを恐れているのか……。
マシロの手を両手で握りこんだ。
戻って来てくれ……お前がいないと……俺は………俺は自分が押さえられない。
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