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第3話 もやもや

「いらっしゃいませ。」  クラシックのオルゴールミュージックの流れるカフェの店内には、新一たちを含めて二組のお客様がいる。そこに待ち人はなかなか訪れない。和樹ではないお客様2人をテーブルまで案内している雫もソワソワしていた。 (今日は和樹さん遅いなぁ~。)  カウンターには新一と香がアイスコーヒーを飲みながら和樹が来るのを待っている。2人の顔には興味津々だと書いてあった。 「神ちゃん、来ないね。」 「だな。」  アイスコーヒーのストローを咥えながら新一も相づちを打っていた。 「もしかして、和樹くんの事かい?」  カウンターから身を乗り出して新一たちに話しかけた。若くしてカフェを開いた優しい声には人を素直にさせる力がある。 「はい。」 「雫くん懐いているもんね。2人が会いに来たのも分かるけど、凄く良い子だよ。」  マスターの言葉には説得力があった。2人はマスターの言葉にうなずき、オーダーを取っている雫を見守った。  雫はオーダーをお客様にサーブしながらも、頭の中ではいつも以上に友長和樹の事を考えていた。同じ大学、商学部の2年先輩の21歳、5人家族の現在1人暮らし。  初めて出逢ってから短いながらも和樹との会話は楽しく時間の許す限り話をしたいと思える相手。いつもカウンターに座りコーヒーをゆっくり飲んで帰って行く和樹は穏やかな性格の青年で好感がもてた。話しかけられる度に何故だか鼓動が早くなるのを覚えている。 「今日もありがとうございました。」  にこやかな雫に和樹は何か言いにくそうにしていた。 「和樹さん?」 「突然すまない、ちゃんとした友達にならないか?」    お釣りを返すために手を差し出すと、それを受け取る前に言われてしまった。   なぜだか震え、汗ばむ雫の手。少しの躊躇の末にもう一度お釣りを差し出して受け取ってもらうと雫は笑顔になっていた。   「はい。よろしく。和樹さん」  見上げた和樹の顔には満面の笑みが浮かび、人間関係が苦手な自分が正しい答えを出せた事に嬉しくなった。あの満面の笑みは雫のまぶたに焼き付いている。 (とても素敵な笑顔だったな~。なんだか顔があつくなったもん)  雫にとって初めて出来た年上の友達。友達なんていつ以来だろうとか考えてなんだかくすぐったい想いを感じていた。そして何故だか分からない嬉しさに溢れていた。  響いたカウベルの音に雫の物思いは途切れた。 「いらっしゃいませ。和樹さん。」  開かれた扉から今まで考えていた和樹が雫の側までやって来る。背中にはいろんな思いの視線が突き刺さった。和樹がここのカフェに来るようになってから確実に女性のお客様が増えていた。囁き合う女性の声が聞こえるとなんだかいつももやもやしている。 (なんだろう、このもやもやは・・・)  とびきりな笑顔で和樹を迎えながら、心の中では複雑な思いと向き合う雫がいた。   「こんにちは、雫くん。」  新一と香の目には、今までのお客との雫の笑顔の変化で来店した人がその話に出ていた友長和樹氏だとすぐに分かった。 (雫~、お前分かりやすすぎだぜ~。)  香と目を合わせた新一の顔には苦笑が浮かんでいた。その姿が雫の目の端に写り動きが止まってしまった。   「雫くん?」 「いらっしゃい、和樹くん。お客様がお待ちだよ。」 「俺にお客ですか?」    マスターが手招いて和樹を呼んでくれた。話のきっかけに少し戸惑っていた雫にとってはありがたい助けだった。雫と新一に視線を交互に向ける和樹に急いで歩み寄った。 「あっ、あの、僕の友達で。」  右手を胸元で挙げて口から出た声は浮ついてしまい赤面してしまった。 「雫くんの友達?」 「はい。初めまして、雫の幼馴染みの青山新一です。」 「初めまして、加山香です。」  こんな時抜かりのない新一は香とともに立ち上がり和樹に向き合った。少し驚いた顔をした和樹だったがすぐに対応してくれて雫はほっとした。 「初めまして、友長和樹です。よろしく。」 「雫が友達が出来たって言うもんだから、友達の友達は俺たちにも友達だと思って会いに来ました。」 「そうなんです。雫くん人見知りだから友達いないんですよ~。」 「香ちゃん、ひどっ!」    あんまりな香の発言に雫は真っ赤になり、いつも新一たちといる時の口調になっていた。 「3人とも、そこの席が空いているからそこでゆっくり話せば良いよ。」 マスターの機転で新一と香、和樹は席に着いて話を始めた。和樹はいつものコーヒーを、今度は紅茶を追加オーダーした新一たちに運び終えると、雫はますたーのいるカウンターに戻った。 「マスターありがとうございました。」 「構わないよ~。雫くんも話して来て良いよ。」 「いえ、大丈夫です。」 「そう?」 「はい。」  新一と和樹たちが盛り上がって話を始めた姿を見て、雫はその中に入っていくことを諦めていた。 (3人が仲良くするのは嬉しい事なのになぁ~。なんだろまた、胸がもやもやする)  最近よく感じる胸焼けのような感じに雫は自然と胸のあたりを右手で撫でていた。  1時間ほど話して席を立った新一たちは雫、マスター、和樹に挨拶すると帰っていった。そして、和樹はカウンターに座り直し、コーヒーのおかわりをすると、雫に話しかけてきた。 「良い友達だね。」  雫も和樹のそばに自然と寄り添う。近寄ると 「ありがとうございます。」  マスターからもお皿を拭きながら手を止めて話がかかる。 「新一くんも香ちゃんもよい子だよね。雫くんの人柄かな?僕、君を雇って正解だったよ。よく働いてくれるし、気もよくつくし良いとこだらけ」  マスターのくすぐったくさせる言葉に雫の頬は赤く染まる。それでも、マスターはここで爆弾を落とすことを忘れなかった。 「良い子過ぎて、雫くんは男女にモテちゃって、このお店では困っちゃってるもんね。」 「なんですかそれ?」  その言葉に反応したのは和樹だった。雫はマスターの話そうとしている事が分かり恥ずかしくなりマスターを止めた。 「ちょっと、マスター!」 「まあまあ、良いじゃない。」    マスターはいつもにもまして飄々としている。 「雫くん男性から痴漢に遭っちゃうんだよね~。女性からはナンパされるし。」  その言葉の通り、これまでここに働き始めていろんな人に絡まれ最近、大学生にお尻を撫でられたばかりだ。それ以上に幼いときから数々の嫌がらせを受けていた。その度、新一が助けてくれていたが慣れるものではない。和樹の顔にははっきり嫌悪が現れていた。その顔に雫は焦りを覚える。 「和樹さん?」  心なし雫の声は震えてしまった。怖くて俯いてお盆を抱きしめた。 「雫くん、無理するなよ。相手がしつこい時は、声を上げても良いんだぞ。」  俯いていた雫がその言葉に顔を上げると優しく微笑む和樹がいた。その発せられた言葉も嬉しいものだった。あの嫌悪の表情は雫ではなく相手に対してのもの、それだけで心は温かかった。 「ありがとうございます。」  やっぱり和樹との会話は心の中がほっこりする雫だった。そしてその意味をこの時はまだ知らない。

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