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第4話 母との時間

 アルバイトからの帰りの道から見上げる4階建ての2DKのアパートが雫と母親の綾子が暮らす我が家だ。3階の角部屋に中学の時から住んでいる。  雫が中学に入学してすぐに父親が交通事故で亡くなった。それからは母一人子一人で必死に生きている。それまでは父親の受け継いだ一軒家に住んでいたが、外科医の父が亡くなったときに遺産だと親戚たちから理不尽にそれらは奪われた。  雫と綾子にはなすすべがなかった。ただただ全て奪われるのを憔悴した綾子を抱きしめて傍観していることしか出来なかった。  そんな2人を理解して良くしてくれたのは幼馴染みの新一の家族たちだけだった。雫は心から新一には感謝していた。 「ただいま~。」  三和土にあがり引き戸を開けて雫は中に声をかけた。暑い外を歩いて帰って来た雫に涼しいクーラの風が身体を冷やしてくれる。 「あら、お帰りなさい。」  濡れ髪にドライヤーをかけていた綾子が振り返った。息子から見ても40才には見えない母親がいる。綾子は父が死んでから看護師に復帰してシフト制で働いている。今日は日勤で夕方には仕事が終わり、夕食の用意をしてくれていた。高校生になって許可をもらってアルバイトをするようなってから、2人で食べる時間をほとんど取ることが出来ていない。今日は待っていてくれた綾子と久しぶりの楽しい時間だった。 「今日もナンパされちゃった。」 「母さんまた?」  食後に発泡酒を飲んで寛いでいる綾子は帰り道であった出来事を報告してくれた。こんな報告は初めてではなかった。   「ところで、あなたもう少しアルバイト減らしても良いのよ?いつも言ってるけどお金はちゃんとやれているし。大学生活を楽しんで良いのよ。」 「う~ん。楽しみ方が分からないんだ。それに今、楽しいよ。カフェのアルバイト」  飲んでいる麦茶をテーブルに置いて正直な思いを話していた。  「それ、その顔。あなた最近良い事あったでしょ?なんだか頬が緩んでいる時があるわよ。」 「えっ!そう?あ、お風呂入ってくるよ。」  なんだか居心地の悪くなった雫は洗面所の前まで逃げた。新一にも同じ事を言われるほど変化しているのかじっくり鏡に映る自分の姿を見つめ、伊達眼鏡を外し綾子に似た顔で先ほど言われた言葉を反芻していた。すると頭には何故だか和樹の顔が浮かんだ。 (僕は今なんで和樹さんのことを考えているのだろう~。)  自分の顔を見ても答えの出ない雫はお風呂に入ることにした。その頬には見ている者はいなかったけれど優しい笑顔が浮かんでいた。

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