13 / 34

第12話 成就

 時刻は午後10時をまわっていた。カフェのアルバイトもせずに家に帰ってから5時間も泣いていたことになる。  少しずつ涙は治まってきたが、心は氷ついたままだった。今は和樹の事以外何も考えられない。  いつもなら和樹からラ〇ンの入る時間だ。そうしたら自分はどうする?どうしたら良い?もう恋心を知る前のように無邪気に返事を返すことは出来そうに無い。雫の思考は同じ所をグルグルと回っている。それでもその思いとは裏腹に雫の手には携帯が握られていた。  「あ、僕馬鹿だ……。」  唇から言葉がこぼれる。  和樹はデートの最中じゃ無いか。今日は連絡が来るわけがない。あんなに美人の女の人といて雫の事を思い出すはずはない、こんな男の自分の事を。  治まっていた涙が再び溢れようとしていたその時、手の中の携帯が着信を知らせ震えた。  画面に写る文字は和樹からのものだった。 ーこんばんは。お疲れ様。今は大丈夫?  雫はその画面を見つめて動きが固まっていた。その着信に既読を付けることが出来ない。素直に喜べないのだ。 (どうして?どうして僕に連絡くれたの?デートじゃなかったの?デートの最中ならひどいよ和樹さん…。)  雫の心は和樹への疑念に満ちていた。それでもまだ着信は続く。 ー今は忙しいのかな?  ここ最近、この時間の連絡を心待ちにして直ぐに返事を返していた雫に和樹から疑問のラ〇ンが入る。それでも雫はただただ流れる画面を見つめている。それしか出来なかった。 ーもう、寝てしまったかな?  雫は我慢が出来ず既読を付けた。でも返事が出来ない。返す言葉が浮かばないのだ。自分の思いに気が付いてしまった雫には、何も出来なかった。  既読を付けてから10分後、雫の携帯はまた震えた。肩をビクリと揺らして画面を見つめた。 ーどうした?  ベットから起き上がり固まっている雫はどうすることも出来ない。ようやく雫が勇気を出して返事を送った ー何も無いです ー本当に? ーはい ーなら声を聞かせて欲しい。 (えっ。なんで僕の声?)  和樹からのラ〇ンに雫は焦ってしまう。今は話せる状態じゃない、溢れそうになっていた涙も引っ込む。それでも話せる勇気のない雫だった。 ー駄目なのか? ーもう寝ます。だから話せません。 ー雫、お願いだ。声を聞かせて欲しい  今日に限って和樹が強引だった。いつもは雫を優先してこんなに食い下がっては来ないのにまるで何かを感じているようだった。  ここまで言われてしまえば雫には選択肢は無かった。雫にとってもその声が聞きたくてたまらないのだから。 ー雫?頼む!  この言葉を見て雫は覚悟を決めて和樹の番号へ画面を押した。 「……もしもし。」    鼻声で恥ずかしくなる雫。 『雫?泣いていたのか?』  いたわるように和樹の声は優しい。その声にまた涙が溢れる。でもそれを認めたくなて右手の拳を握りしめ涙を拭った。 「泣いてません。」 『雫、今は1人か?』 「……はい」  和樹は綾子が居るのか聞いているのだろう。今の時間ならきっと仕事をしているはずである。 『分かった。』  その言葉で着信は切られた。あっけなく切れた携帯を見つめてしまった。 (え、なんで?僕、何かした?和樹さん怖いよ。)  すぐに雫はベットにうつ伏せに突っ伏して着信の切れた携帯を握りしめて泣いてしまった。意地を張ったのが嘘のようだった。今日の雫はどこまでも弱かった。そのほんの数分後そんな雫の部屋のチャイムが鳴り響いた。 (こんな時間に誰が来たんだろう?まさか?まさかだよね。)  もつれる足を叱咤して玄関まで行って覗いたドアスコープの向こうには雫が会いたくて会えない人がそこにいた。  恐る恐る扉を開ければさっきまで会えないと涙に暮れていた相手の和樹がいた。優しい眼差し、声、どれもが求めていたものがそこにあった。 「雫、来たよ」 「…和樹さんっ。どうして?」 「また、泣いていたのか?中に入れてくれないか?」 「でも…」 「駄目か?」 「どうぞ」    駄目か?なんてずるいその言葉に、雫は和樹をリビングまで促した。すごく会いたかった。頬に伝う涙も拭えないまま入り口で佇んで俯く雫に振り返った和樹は静かに語りかけ始めた。 「雫何があった?俺で良ければいくらでも話を聞くぞ。雫?」 「僕は……。あなたが好きです」  思いは頭で考える前に思わずこぼれてしまっていた。 「ごめんねさい。気持ち悪いですよね。本当にごめんな…」  言葉を続けることは出来なかった。なぜなら和樹に抱きしめられていたからだ。いつもの柑橘系の香りに混じった和樹自身の香りを間近に感じるその状況を雫は理解出来ずにいた。 「俺もお前が好きだ。」  耳に直接響く声に全身に震えが走る。それでもその身体を押し返しながら雫は思いをぶつけた。夕方に見た景色はまだ脳裏にしっかりと残っている。 「嘘だ、だって女の人が…。」 「女?」 「今日、腕を組んで歩いていた。」 「あぁ、あれを見たのか。あれは姉だよ雫。俺は本気だ。雫だけが好きだよ。」 「お姉さん?」 「あぁ」 「ほんとに?」 「あぁ」  背を思い切りのばして覗き込んだ和樹の瞳に嘘は無いと思った。雫の胸は今までの悲しみが嘘のように喜びでいっぱいなる。また瞳には涙が溢れた。涙ににじむ瞳には大好きな人が写っていた。 「雫は泣き虫だな。」  和樹の手は優しく雫の涙を拭ってくれた。そして涙を止めるように目元に唇を寄せてついばんだ。 「朝まで一緒に居てもいいか?」  和樹の言葉に雫は思い切り抱きつき肩口に額を押し当てて首を縦に振った。涙で夜が更けて行くはずの今日が雫の思いの成就する記念の日に変化をとげた。

ともだちにシェアしよう!