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第22話 使者

「月嶋 雫さんですか?」 「えっ、はい」  1月も中頃になる頃、大学からアルバイト先に向かう道の途中雫は、スーツの男性に声を掛けられた。まるで人を値踏みするかのような眼差しに雫の頬はこわばる。 「友長 和樹さんの事で少しお時間いただけませんか?」 「……あの、これからアルバイトなんです」 「急ぎでお会いしたいとおっしゃっている人がいると言ってもですか?」 「それはどなたですか?」  急に会いたい人がいると言われても雫には身に覚えがなかった。 「和樹さんの父上と言えば了承していただけますか?」  突然出てきた和樹の父が会いたいとの話に雫の心は揺れた。一瞬周りの音が消えたほどだった。一呼吸置いてから雫は携帯を取り出し、マスターへ急で悪いが休ませて欲しいと連絡を入れていた。『会わなければ』それしか雫の頭の中にはなかった。 「ありがとうございます。月嶋さん。さあ、車を用意しています。こちらへどうぞ」 「はい」  緊張にいつも以上に背を伸ばして雫は用意されていた車に乗り込んだ。車は数十分走り立派なホテルに到着した。 「ここですか?」 「はい、2003号室のお部屋で待っているって言ってたよ」  車の中では終始無言だった男の口調が崩れ始めた。それでも緊張で頭の中がいっぱいの雫はその変化を気にする余裕はどこにも無かった。 「分かりました。その部屋まで行きます」 「では、ご案内しましょうかね~」  案内するその後ろ姿の後に続いて雫はホテルに入って行った。それでもそこには和樹の父という人物は居なかった。部屋はスイートだ。 「おや、まだ到着してないみたいだな。ちょっと、ここで待ちますか?俺もあんたを引き合わせる役目があるから帰れねぇし、お茶でも入れますよ」  勝手知ったるような仕草でお茶を入れ始めた。 「コーヒー、紅茶、日本茶何がいい?まあ、そこのソファーにでも座って」  雫に背を向けながら尋ねてくる。 「じゃあ、紅茶を」 「ミルクとかレモン無いけど良い?」 「はい、砂糖だけ下さい」 「了解」  雫はソファーに所在なげに座っていた。しばらくするとテーブルに湯気を上げる紅茶が、砂糖とともに雫の前に用意され、その男は自分の入れたコーヒーを雫の向かいのソファーに座り、足を組んで飲み始めた。 雫はいつものように、砂糖のスティックの封をきり甘くした紅茶を飲むが、緊張から全く味が分からなかった。悠然と目の前で座る男からは緊張の欠片も感じない。俯いて掛ける言葉も浮かばないまま雫は紅茶で口を湿らせた。 「ところでさぁ~、月嶋くんは和樹さんが会社の跡取りの第一候補って知ってた?」 「えっ!なんの話ですか?」 「だから~、和樹さんの父親は会社の経営者で、和樹さんがその跡取りなの」 「そんなこと聞いてません」    いきなりのその言葉にほとんど飲み干していた紅茶をテーブルに戻して男に顔を向けた。雫にはその言葉に動揺が走った。疲れたようなそれでいて異様にギラつくイヤな眼をした先ほどとは打って変わった男がそこにいた。 「そっか~、あの坊ちゃんはそんなこと微塵も考えて居ないかもしれないなぁ~。能力あるくせに欲なさそうだし」 「あの、それって」 「聞きたい?」 「え?えっと、それは……」  どういうことなのか聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちが雫の中で混在していた。和樹の事は信じて居るが、和樹の語ってはくれない話が聞けそうな気がしていたから、雫はその誘惑をはっきりと拒否することは出来なかった。 「まあ、時間もあることだし、話しちゃおう。和樹さんの家が会社を経営している話は聞いている?」 「はい、お兄さんが後を継いだって」 「まあ、そうだな。でもさ、会長の本心は別なわけ」 「別ですか?」 「そう。和樹さんの上の2人は前妻の子、和樹さんは愛する女の子、それならどちらに跡を次がせたいと思う?」 「それは和樹さんってことですか?」 「そういうこと、それでね……君、邪魔なんだよねぇ~」  その話は雫を打ちのめすほど、聞きたく無い話だった。まさしく和樹の父親に自分の存在を知られ、反対されているということだ。もとより男同士反対は眼に見えているが、その話をするためにここに呼ばれ、これから対峙しなければならないというのだ。

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